地上には魑魅魍魎が蠢きひしめいて
 毎日が血生臭い百鬼夜行だ
(カラスの低空飛行)
(暗幕は翻る羽のひとつひとつ)
 さぁ行ってみよう
 この世は夜だ
 カラスは黒鳥 羽ばたけば空は真っ暗 ギャアと一声暗転 さぁ行ってみよう 夜には何かが起こるんだろ
 楽しい夢なら見せておくれよ
「お代は三百円だよ」








金 魚 の 幽 霊






 空は真っ赤なけばけばしい夕暮れ。ざわめきと音楽のけたたましい都内のコンビニ内。週刊誌を立ち読んでいる二人連れに焦点が当たる。一人は少年で、一人は、髭を生やした男性である。髭と言っても顔の両側にピンと張った毛が三本、まるでネズミにそっくりなのだ。
 浮浪者風のいでたちで、すっぽりと頭から灰色のマントを被り、グラビア誌を見るともなしにパラパラめくりながらふざけた調子で「ヒッヒッヒ」と笑う。その息の臭いことといったら!まとった衣の悪臭といったら!
 コンビニの店員、鼻をつまみながらそろそろと近寄る。

店員  「もしもし」
 ネズミに似た男、聞こえない振りをしてページをくる。
店員  「すいませんが、立ち読みは!」
ネズミに似た男 「聞き覚えのある台詞だねオイ。聞いたか鬼太郎、ここはプリンス書房様らしいぞ」
少年  「言われたのはお前だ、ネズミ男。こっちは関係ない」
ネズミ男  「俺に言ったんならお前も言われたのと同じだよ。うるせェこった、けちけちしねェで読ませやがれ。他にも立ち読み居るだろうが」
少年  「お前の存在が迷惑なんじゃないのかぁ」
ネズミ男  「言ったな!言ったなてめぇこの(雑誌を丸めて殴りかかろうとするが、急に肩を落として)・・・いや、止めだ。今日は止めだ」
店員  「あの私の役割は」
ネズミ男  (背を向けたままで)「おしまいだ。話が進まねぇ。レジへ帰った帰った」


 店員、レジへ帰る。ネズミ男は立ち読みを止め、少年を横目でチラチラ見ている。
 少年は黙って立ち読みを続けている。半ズボンに、黄と黒の縞模様のちゃんちゃんこ。足元は下駄を履いている。長い前髪が片顔に被さっている。

ネズミ男  「鬼太郎」
鬼太郎  「何だ」
ネズミ男  「面白ェかそれ」
鬼太郎  「あぁ」
ネズミ男  「腹へってこねェか、『らーめん百選』。」
鬼太郎  「お前が行こうって言ったんじゃないか、ラーメン食いに」
ネズミ男  「言ったなぁ」
鬼太郎  「何か話したい事があるんじゃないのか」
ネズミ男  「(丸めた雑誌でポンと手を打つ)話が早い!流石鬼太郎、長い付き合いだねぇ」
鬼太郎  「お前の話の持って行き方は分かり易いんだよ。言っとくけど、お断りだからな」
ネズミ男  「話を聞く前からお前そんな」
鬼太郎  「どうせ良からぬ事に手を出したんだろ、たまには自分で片付けろ」
ネズミ男  「そうじゃねェ、そうじゃねェんだ、今回ばかりは、被害者だ」


 その瞬間、鬼太郎の髪の毛一本、ピンと立つ。
 不穏な気配。殺気。横顔がみるみる内に険しく変わる。

ネズミ男  「そら来た、そら来た」
鬼太郎  「何が来たか言ってみろ」
ネズミ男  「夕べなぁ、飲み屋街を歩いてたんだよ、したら綺麗な女が手招きを」
鬼太郎  「またそのパターンか!お前こっちがあれほど」
ネズミ男  「いや普通のバーだったんだよ、ちょっと水底みたいに薄暗いけどよ、そしたら俺に付いた女がいつの間にかぴっちょんぴっちょん雫を垂らして、着ている着物がびっしょり濡れて、俺のグラスの中に水草が浮いて」
鬼太郎  「そこか!」


 針に変わる髪の毛、天井の一角に向けて発射される。
 が、全て撥ね返って来る。浮かび上がる赤黒いもや。キラリと何か光ったかと思うと、鋭く硬い物が降り注いで来た。
 鬼太郎、舌打ちをしてひらりと飛ぶ。ネズミ男、鬼太郎の背後に回る。

鬼太郎  「鱗」
ネズミ男  「あぁそうだ、奴は金魚だ、金魚の幽霊なんだ」


 不安でおどろおどろしい音楽が鳴る。
 天井のもやの中に、薄朱の振袖、金と群青の帯の女が現れる。
 ざんばら髪の下の、顔は目をむいてまるで魚のそれである。
 中空を泳ぎふよふよと、浮いている。着物の裾が、ヒレの様にたなびいている。

女  「見ィつけた」
ネズミ男  「いやいや人違いだ帰れ帰れ  鬼太郎ォォ」
鬼太郎  「(しがみ付いてくるネズミ男を振り払いながら)何だお前は」
女  「そこの兄さんにちょいと用のあるものさ」
鬼太郎  「こっちには用は無いみたいだぞ。訳があるなら言え、何のつもりだ」
女  「杯で契りを交わしたのさ、ずーぅと一緒に居てくれる、ってねェ」
ネズミ男  「間違いだ、俺ァ何にもしてねぇよ」
鬼太郎  「そういうことなら責任を取れ、ネズミ男」
ネズミ男  「違うんだよ!綺麗な姉ちゃんだと思ってたら突然、あんな姿に豹変しやがった。水草の浮いたグラスの中身を一口、気付かないで飲んだだけなのに、『固めの杯』だなんて言われてよ、俺に被さって来たんだ、気色悪いエラで生気を吸ってきやがった、俺は必死で逃げ出したぜ、でもこの女、水のある所なら何処でも現れる。公園の水道の蛇口からでも、下水のマンホールの蓋を開けてでも。あぁコンビニなら大丈夫と思ったのに、何でだよ」
女  「店員がトイレで用足しして、水を使った、そこからねェ」
ネズミ男  「予想外だぜ。おい頼むよ何とかしてくれよ鬼太郎ォ。俺ァ普通に呑もうとしてただけなんだよ、それがこんなことに」
鬼太郎  「お前はもう何もするな!何でもかんでも呼び込むんだから全く」
ネズミ男  「普通に暮らしてるだけじゃねェかよ俺は」
鬼太郎  「これのどこが普通なんだ」
女  「あぁ、あぁ、かまびすしい。あんたらの掛け合いに付き合ってるほど暇じゃないよ、あたしは兄さんを連れて行くんだ。邪魔立てすると痛い目見せるよ」

 女の台詞が終わると同時に、再び針が飛ぶ。鬼太郎の攻撃。
 女、尾びれを翻してすんでの所で一回転。ギリと歯噛みして、憎憎しい表情むき出しに鬼太郎を睨みつける。

鬼太郎  「痛い目見せる、やってみろ」
女  「生意気な小僧は好かないね」

 ふいに店内に風が起こる。暴風荒れ狂い、生臭い臭いのする雨が降り注ぐ。
 陳列されている商品が棚から落ちる。風に煽られて雑誌が舞う。悲鳴が響き渡る。逃げ惑う数名の客。ホットドッグのケースにヒビが入る。

女  「さぁどうする、さぁどうする、女の情念を解さない男、さぁどうする、手も出ないか、成す術無しか、やってみろ、あたしを組み伏せてみろ!」
ネズミ男  「おいやばいぜ鬼太郎」
鬼太郎  「このままじゃ他の人間に迷惑がかかる。己の事でいっぱいで場所も事情もわきまえない、全くこれだから、・・・ってやつは手に負えない!ひとまず退却だ、逃げるぞネズミ男」
ネズミ男  「逃げるったってお前、すぐに追いつかれるぞ」
鬼太郎  「目の眩んだ相手には、目潰しだ!」

 鬼太郎の下駄が飛ぶ。女の右目、左目にぴったりと貼りついた。
 怒声を上げる女。ぐいぐいと引っ張るが、吸い付いたようになって剥がれない。

鬼太郎  「走れ!」
ネズミ男  「おう!って言うか、下駄いいのかよ」


 一同走り去る。残された女は、恨み言を叫びながら消えた。
 ガヤガヤとした喧騒は遠くなる。暗くなる背景、暗転。そこへおかっぱ頭の少女がぴょん、と飛び出してくる。
 辺りを見回すようにして、幼い声で唄を歌った。

「あーかいべべ着た かわいい金魚・・・」
 夢見ていたのに ごちそう逃げた