鬼太郎  「事情はわかった。お前には同情する。しかしネズミ男を追い掛け回すのは何故だ、相手が違うだろ。・・・認めて良い様な事じゃあないけどな」
女  「同情?同情?わかっちゃないくせにいっぱしの口を利くんじゃないよ小僧。力でねじ伏せるだけの典型的男の見本のような奴」
鬼太郎  「質問に答えろ。行動が取れない」
ネズミ男  「そうだ俺じゃねぇだろうが、お前の男は、あっちだろ!あっち追ってけよ!」
女  「ひどいねぇ。ひどいこと言うよねぇ。男って奴の、その口は」

 女はニタニタ笑っている。目は血走って殺気に満ち溢れている。
 鬼太郎は真正面からそれを見据えて微動だにしない。触れたら電気の走りそうな背中。凝固する空気間。
 どろどろと太鼓の音がせり上がって聞こえて来る。

女  「優しく、やさしくしてくれたのにねぇ。拒絶されて泣いてたあたしに、そんな奴の事なんざ忘れちまえ俺が忘れさせてやるって。口先だけだね、発射するだけだね皆男って奴は。女は受けてりゃいいってか、出しっ放し、やりっ放し、いい加減におしよ、しまいにゃ祟るよ、祟るんだよ」
鬼太郎  「お前紛らわしくなるような事するなよ!」
ネズミ男  「俺何にもしてねぇって。何だよ、何人に騙されて来たんだこの女。記憶が色々ごっちゃに混ざり合っているんじゃねぇのか」
鬼太郎  「混ざり合う・・・そうか」
女  「ほらまたこっちのことなどてんで無視だよ。・・・あぁもうほんとに、全てがうんざり、うんざりだ、お前なんかあんたなんか、大ッ嫌いだよォ!!」

 女、絶叫と共に体を大きく膨らませ、鬼太郎目掛けて散弾銃のように硬質の鱗を発射させる。
 反射的に鬼太郎、懐から青いオカリナ笛を出す。一瞬で伸びる笛の口先。風車のように激しく回転させて鱗を弾き飛ばす。ゴォという音をたてて、両者の間に風が起こる。

鬼太郎  「ネズミ男、離れてろ!」
ネズミ男  「言われなくてもそうしてらァ!」
女  「嫌いだ嫌いだ嫌いだァ!」

 猛り狂い叫ぶ女。そのまま頭上へ飛び上がり、牙をむき出しにして襲い掛かる。鬼太郎、舌打ちをして毛針を飛ばす。全て撥ね返り、びくともしない。
 鬼太郎、走る。女、ヒレをうならせて身をひるがえし、追う。

女  「逃すかよ!」
鬼太郎  「別に逃げやしない!」

 びょう と鳴る鞭の音。オカリナ笛の切っ先は、鞭に変わっている。女は打たれ、悲鳴を上げた。そのまま目にも止まらぬ速さで鞭は女の体に巻きつく。ぎり、と引く、鬼太郎。

鬼太郎  「悪い事言わないから大人しく帰れ!お前が幸せになれる道はこっちじゃない!」
女  「ならばあんたが愛してくれるとでも言うか」
鬼太郎  「まだそんな事を言うか!」
女  「ほほほほほ いつまでも言うよ、ほほほほほ」



 笑い声が響く。女の体は怪しく光を帯び始める。すると鞭がゆるみ、女の体はぐにゃぐにゃと歪んで伸縮した。鞭がほどけて地に落ちる。忌々しげに片頬を歪める鬼太郎。笑い声が響いている。


女  「誰かがあたしを愛してくれるまで、あたしはおんなじ事を繰り返すよ!」
ネズミ男  「それは、危ねェ!」

 ぐわ、と空気を切り裂いて、女は鬼太郎に跳びかかる。
 不意を付いて圧し掛かり、毒々しい色の巨大なエラをがばりと開けて、首筋に齧り付く。衝撃と臭気に顔を背け、たまらず声をもらす鬼太郎。  女、満足気に目を細める。

女  「さ、つかまえたァ。」
ネズミ男  「あららら危ねェいかがわしいぜ」
女  「たァんとたんまり吸ってやろうね、生き生きと、生カレる、あんたの生、せいの付くものたっぷりと。空になるまで一滴残らず吸ってやろうね、ざまぁみろ」
ネズミ男  「まずいぞやばいぞいかがわしい。公共の場でやることじゃねェよ」
女  「うるさいね何を言ってるんだい。せいの付くもの、生気だよ。正気。せいきを吸っているのさぁ」
ネズミ男  「どっちにしろ良識に引っかかっちまうだろうが。おい鬼太郎しっかりしろ!気持ち良くてうっとりしている場合じゃねんだぞ!」
鬼太郎  「誰がうっとりしてるって、誰が!」

 怒声と共に、鬼太郎、目の前でぎらぎらしている女の巨大な魚眼に向かって、毛針を発射する。
 ぎゃあっ、と鋭い一声を上げて、女、目を押さえる。鬼太郎、その隙に逃れる。
 ぜえぜえと肩で息をしてから、はっし、と。そう、いつもの。どなたさまもご期待恒例の。
 相手に向かって人差し指を突きつける。ネズミ男は小さく手を叩く。

鬼太郎  「一緒にするな」
女  「おのれェ、どこまでも逃げるか、おのれェ」
鬼太郎  「今までお前を踏みにじって来た男達と一緒にするな、気持ち悪い」
女  「何が違うって言うのさ、あんたなんかその代表だよ、男の中の男だよ、男根主義の塊のような男だよ!」
鬼太郎  「自分に起きた事柄だけで物事を決め付けるんじゃない!そんな奴としか出会えなかっただけだ、何でもかんでも他人のせいにするな!」
ネズミ男  「いいぞヒーロー、正論ぶちかませ!」
鬼太郎  「うるさい黙ってろ。 愛してくれ愛してくれ、わめき散らして、お前自身は誰も愛してこなかったくせに」
女  「何言うか、あんたにあたしの、あたしの何がわかるってのさ」
鬼太郎  「今まで聞いた雄叫びだけで充分だ。お前、誰でもいいんだよ」


 女、目をむく。
 鬼太郎は眼光強めてにじり寄る。
 その光に押されるように、女、一瞬、ふらりとよろめく。

女  「何よ」
鬼太郎  「思い出全て混ぜ合わせ、全部一緒くたにして他人を責めて」
女  「何だよ」
鬼太郎  「その中でお前が愛した奴はどれだ。結果的に与えてもらう事ばかり考えて、見返りばかり望んでたんじゃないか。全ての男の顔をお前は思い出せるか、確かにそいつら一人一人を愛していたと、お前は胸を張れるか」
女  「うるさい」
鬼太郎  「はきちがえるな。夢見過ぎだ。期待ばかりを膨らませて」
女  「なんで」
鬼太郎  「お前、混ぜてんだよ。誰でもいいんだよ。そんな奴を、誰が本気で愛するものか!」


女  「なんであんたそうなんだよ何だよ何様だよ偉そうに!!」
ネズミ男  「もうちょっとオブラートに包んで言えねェもんかね」


 絶叫する女。怒りに震え、体が変色する。目玉は筋を引いて見開かれ、体中から瘴気を発する。怒鳴り声は割れ、辺りの空気をビリビリ振動させる。

女  「あんたの言う事はね、言ってる事はね、当たってるよ、正論だよ、だけどね」

 鬼太郎、動かない。

女  「あんたにね、あんたに言われるとね、この上なく腹わた煮えくり返るのは何故なんだろうね!!」

 突風を引き連れて女、躍り上がって鬼太郎に組み付く。

女  「喰い千切ってやる!」
鬼太郎  「体内電気、発電!」


 スパーク。場内まばゆく真っ白の光が走る。火花が散る。
 今までで最大の女の悲鳴。エコーがかかって響き渡る。

ネズミ男  「おぉすげぇ、効いてんじゃねぇのかなり。弱点じゃねぇか」
鬼太郎  「まだだ。これくらいじゃ倒せない。ネズミ男まだ近づくな」
ネズミ男  「よぉよぉよ鬼太郎、俺お前らがドンパチやってんの見て思ったんだけどよ、あのな、金魚ってなぁ、真水に住んでるよな」
鬼太郎  「それがどうした」
ネズミ男  「真水以外の水だったらどうだよ、体質に合わねぇんじゃねぇか、苦しむんじゃねぇか、全身がそれで覆われたとしたら」
鬼太郎  「たとえば」
ネズミ男  「海水だよ。海の塩っ辛ェ水だ」
鬼太郎  「つまりあれか、引きずり込んで、止めを刺せば」
ネズミ男  「この先は波止場だ、どうするよ」
鬼太郎  「たまにはお前も役に立つな!」
ネズミ男  「一言多いんだよ」

 言うが早いがネズミ男、走り出す。鬼太郎、電気ショックの衝撃に頭を振ってふら付いている女の横っ面に向かって、

鬼太郎  「さぁ憎いか、煮えくり返るか引き裂いてやりたいか!ならこっちだ追って来い!こっちだこっちだこっちだぞ!」
女  「あぁ、この、どこまでもどこまでも。待ちやがれこの」

 鬼太郎走る。女、空中に飛び上がるのを待って、背景真っ暗になる。

女  「あぁあこの男畜生!」




 右端にスポットが灯る。おかっぱ頭の少女が、祈るように両手を組んで歌い出す。

少女  「あーかいべべ着た・・・」
鬼太郎(声だけで)  「うるせぇ!」


 スポット消える。しばし暗闇に包まれる。