4代目 運命の人 *2

 誰も、お前に、 見向きもしない
 踊っていたんだろ
 甲羅に火をつけて
 手足を千切れんばかりに振っている
 赤い川の
 そこで。お前はそんな所で。


『その携帯電話のメモリーに、登録されていた電話番号はたったの一件でした。
 着信履歴も発信履歴も、同じ人への。同じ番号からのものでした。
 その携帯電話が使われたのは、彼が電話を購入してからのたったの2ヶ月半の間。
 それ以降は発着信の、電波はぷつりと途切れたのです。
 最後に残された履歴の、通話時間は3分53秒。
 相手側からの着信でした。
 まるでこの相手との通話の為だけに、彼は携帯電話を購入したようです。』

 携帯のアドレス教えてよ
「え?……あ、ごめん、ごめんね、オレ、今、手元に無くて。携帯、そう、家に忘れて来ちゃって。
 明日には教えるね。明日、オレ、携帯の電話番号教えるから、
 だから、待ってて。」
 そう?じゃ、先に俺の番号教えるよ。何か書くものあったかなぁ。えーと、はい、これが俺の番号だよ。後で着信入れといてくれれば、折り返し連絡するからさ。メールのアドレスもその時にでも。
「……ありがとう。ほんとにありがとう。嬉しい。オレ、電話するよ。
 家に帰ったら、オレ、電話するからね。絶対電話するからね。」




 ―――― あいつは、怖いんだ。
 依頼者の男は湯気の立ち昇るコーヒーカップに手を伸ばそうともせず、
 ただその手をテーブルの上で固く組み合わせたまま、俯き加減で語り始める。
 毎日ぼくに、電話をして来るんです。会っても、会わなくても、欠かさず。放っとけば2時間でも3時間でも平気で話し続けようとするんだ。病気だと思ったよ。
「病気?」
「精神的な。あいつ友達いなかったって、ずーっといなかったって、言ってたから」
 俺を初めての友達だなんて言って。もう凄くはしゃいでて。
「あいつが携帯電話を持ってなかったって、ぼく知らなかったんです。だから普通に、気軽に聞いたのに、あいつその日に買いに行ったって。聞かされたとき俺不味いことしたって思いました」
「不味い?」
「重い」
 息苦しそうに息を吐いて、彼は組み合わせた指の上に、眉間を乗せる。
「遊んだ日の、別れた後、必ず電話が来るんです。事故も無く何も無く、ちゃんと家に着いたか、大丈夫?って。そんなのメールとかでいいって言ったのに、あいつは必ず電話をする。メールなんかじゃ現状がわからない、ちゃんと声を聞いて、無事か確認したい、そうでないと安心できないなんて。女の子相手じゃないんだから。重たい。正直、うっとおしいより、気持ちが悪かった」
「執着されすぎて、友達の域を超えていたってことですか」
「大事に思われていたって聞こえはいいし、気持ちもわかるけど、度を超すとそれはあいつのエゴですよ。押し付けて俺を振り回す。自分勝手なやつなんだ、自分の感情最優先で」
 結局自分が一番カワイイの。
 友達がいませんでした って、事実に、過去に、囚われすぎて。
「だから告げたんですか、『お前とはもう付き合っていられない』と」
「ぼくには他の友達も居るし、付き合い始めた彼女も居たし、ぼくの生活全てに関わってこようとするあいつにほとほと困っていました。だけど、こんな事になるなんて思いもしなかった。あいつがそこまで弱いなんて思わなかった。なるべく言葉を選んで、傷付くだけじゃなく自分自身の行動を振り返ってくれるように、気付いてくれるようにわかってもらえるように、精一杯伝えたつもりだったのに、結局こんな――――」
「弱いんですかね」
 言葉を途切れさせた一言に、彼は顔を上げて、びっくりしたような表情を浮かべまじまじと僕を見た。
「それは弱いんですかね」
「は?」
「ある日突然切り出したんですか、あなたは、耐えかねて」
「は、まぁ、……以前から微妙な感じで匂わせてはいたんですけど、あいつ全然気付かなくてなんかますますべったりって感じで……結果としてはそういう形になりますけど、はい。あいつ相当驚いてたから、そうなんじゃないかな、と」
「言いたい事を言っちゃうとスッキリしますよね」
「はぁ?」
 あなた俺の話の趣旨、理解しています?
 ウェイトレスがやって来て、僕と彼の間の灰皿を、手際よく新しいものに代えて行った。僕は黙って、彼の顔をじっと見ている。彼は何か言いたげな目を歪め、気を悪くした素振りを滲ませてそっと視線をずらす。じっと見つめていることが、不愉快であるということを、伝えるギリギリの意思で。
「……こんな事、あなた以外の誰にも頼めませんよ。警察に言ったって信じてもらえない。頭がおかしくなったと思われるだけだ。友達にだって信じてもらえない。あいつお前のこと好きだったからなぁって笑われただけだったし。それか俺まで気味悪がられるか。同じく妖怪じみてきたぞなんて脅されて。参っちゃいますよ俺人間ですよ」
「僕は妖怪ですよ」
「違いますそういう意味でないですよ、普通の人間なのにそう呼ばれかねないってくらい、あいつに脅かされてるって事ですよ、わかってるんでしょう?……俺おかしくなるか連れてかれるかのどっちかですよ。お願いですほんと。助けて下さい」
「頭、痛いんですか」
 頷いて、彼はこめかみの辺りを指で押さえつけたまま、しばしじっと押し黙った。
 薄い皮膚の下に青い血脈がくっきりと浮き出ている。うなだれて、頭頂をこちらに向けていた。無言の間にも、血脈はぴくりぴくりと動いた。別の生き物がその中に生息しているみたいだ。ぴくりぴくり、動くたびに頭が痛む。脳を犯される。神経を病む。携帯端末から皮膚の下へ念を送られたよ。
 違う生き物が身体を乗っ取ろうとしているよ。
「頭頂に、皿」
 瞬間的に彼はがばりと顔を上げ、血走った目を見開いた。僕は、微笑する。
「あなたは、優しい人ですね」
「は? ……」
「あなたは周囲に乗せられて、一緒になって彼をからかうという事はしなかった。彼の一挙手一投足を、見物しながら大声で笑うという事はしなかった。
最後まで、彼の傍に居続けた。彼にはそれがとても嬉しかったんだ」
「あいつそんな事言ったんですか?あいつ……まだそんな被害妄想を。
違いますよ、あんなのただのイジりで、ネタですよ。まるで皆がいじめていたみたいで凄く嫌な感じだ。イジられ役なんだって認めちゃって、そこで笑っちゃえばよかったんだ。それか嫌なら嫌なんだってはっきりと。どうしてあいつはいつまでも、自分中心で、自分の事しか考えられなくて、人のせいにする事しか出来ないんだよ」
「優しいですね。怒るなんてね」
 自分の気もちが 伝わらないのは 悲しいことだよね。
「最後にひとつ、聞きたいんですけど」
 バイトの時間だ、と会釈をし、伝票を片手に慌しく立ち上がる彼に、僕はそう問いかけた。彼は立ち上がっているので、自然と目線は上目使いになる。
 彼は僕より高い位置に居るので、僕を見下ろす形になる。低い所に居るものを、いつの間にか、見つめるあの目に変わっている。
「あの人が、似ていたのは、最初からなんですか」
「何に?」
「その妖怪に」
「あぁ、」鼻で吹き出して、少しだけ遠くを見るような目をして言った。「あいつ水掻き付いてんですよね、指に」
「水掻き?」
「はい、指の間に。何て言うの……人より大きいんです、指の間の薄い皮。
それに猫背でいつも何か背負ってるみたいな格好で歩くから。ひょこひょこ。何背負ってんの、甲羅だろ?!って事になって。脱いでみろってなったら嫌だって笑ってました。ヘラヘラ」
「そうですか」
「これで頭に円形禿げでもあれば完璧だねって、あいつ自分で言ったんですよ。本当は本物だったんじゃないですか。冗談ですよ。通じてますよね」
「通じてますよ」
「よかった。……じゃあ本当に。本当に、お願いします。どうかよろしくお願いします。……でもわかって下さい。不安です」
「何が不安なんですか」
「あなたは何だか、立場の弱く見えるあいつの側で、そういう風にぼくを、見て、最終的にはあいつに協力を、してしまうような結末に、なってしまいそうだから」






 ――――― 踊らなくちゃ、いけないと思って、
 踊ってたら皆、笑ってくれるかなと思って踊り続けてたら、
 頭の中に、ぽっかりと、白い空洞が出来たんだ。脳味噌の真ん中にぽっかりと、浮かぶ、浮かんでいる、まぁるい白い、平べったい形をした空洞がさ。
 それがだんだん上へ昇って行った。頭の天辺目指して白い丸い形のもの、昇って行ったんだ。
 それであぁ皆の望んでいたものはこれかと
 オレの事を変だって言う
 そんなに変なのか
 そんなにオレはおかしいか
 空洞が頭の天辺へ貼り付いた。オレは皆の望んでいたものを理解した、オレは皆の望む“オレらしいもの”になった。
 笑われてばかり
 ひとりぼっちになりたくない
 でももう今はだぁれも  居ない。


 他とは 普通とは まるでまるでまるで全然
 違う 自分、
 それがとっても 嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で、オレはさぁ、





ooooo    ooooo