ヘンリー・ギースの花 (雪姫と一刻堂/二胡)




 みんなで聞こう  楽しい  オルゴールを



 なにもわからぬただの、わたしは、おまえの「拾い子」 だと
 そういう風にしか認識していなかったのか ひとでなし。

 オルゴールを鳴らしている。
 気難しい顔ばかりをした黒尽くめの男が私に与えた。
 底冷えのする薄ら暗い白々とした空に音色が吸い込まれる。
 窓は開いている。いつだってそうだ。
 しかし何故逃げてゆかない。逃げた所で
 あいつは居場所を壊してくれたのだ。
 兄は私の、居場所を壊してくれたのだ。
「人になれ、と」
 黒尽くめの男が口を開く。扉を背にして私の向かいに位置する。私は見ない。窓辺で体の冷えてゆく様を感じている。音が白空昇って行くのを見定めている。
 からんからんと空洞な、いやに耳に付く甲高い音色だ。楽しいねえ
 かわいらしいねえ ゆきひめ
「人であれ、と、願いだ。そういう願いを込めて、彼はおまえを、私へ預けた」
「それが私の幸せと、あなたも思うか一刻堂」
 おまえが常にしあわせであればいいと その音色を奏でるような笑い声を絶やさずにいてくれればいいと
 僕は願うのだけれど さてどうすればいいかねえ
 どうすれば いいかねえ ゆきひめ。
「なにがしあわせか なんて」
 森に居たあの時は風が私に話しかけ、鳥と動物と一緒にうたいました花と微笑みせせらぎと踊り過ごしました
「どうして私に決めさせて、くれなかったのだ」
 今では もう 何も聞こえません
 あの時と同じように それら すべて もう戻ってこない 草花の声鳥やけだもの 風とせせらぎ遠い光の囁き声  聞いてはいけない話してはいけない歌っても 理解 することすべてがもう いけない と
 そういう世界に、放り込まれた。兄はひとりで決断した。
 世界を私から取り上げて
 そうそしてここでこれから しあわせに なれ と
「辛いか、雪姫」黒尽くめの男は表情ひとつ変えないで私を見ている。
「だからひとでなし だと いうんだ」
 ひとであることがしあわせだと なぜおまえはそう思えた 私に何を願った
 ひとでなしの墓場の ただひとりの私の きょうだい

「会いたいか」
 感情の窺えない冷淡な声で静かに問われる。
 会いたいです
 会いたいですお願いだ
 会いたいのです
 表情の薄い顔に絹を隔てたような薄いあの もいちど
 会いたいです会いたいです会いたい
 できぬのか
 ろくでなしめ
 オルゴールを投げつける。黒い男は微動だにせず、黙って衝撃をこめかみに受けた。
 不協和音。それでも鳴り続ける。
 転げたまま調子の外れた甘いやさしい その調べ 気が遠くなりそうだ
 倒れてしまえば楽なのに
 それでも目を覚ませば、私はここに居る。夢だったってことは在り得ない
 もう二度と戻れない。
 こんな始末をつけるのならば、
 どうして微笑んだ 兄よ。
 どうして私が肉を食ったかわかるか
 嫌で嫌で仕方が無く恐怖でしかなかったのに私が おまえの 言うとおりに従ったのは
 そうすればおまえが嬉しそうにしたから
 おまえの嬉しそうな微笑む顔をどんどん近くで 見ることができたからだ 他に理由などなかった
 すべておまえのせいだ
 おまえのせいだった
 おまえのせいでしか なかったのに。

 上弦の月の形に開く口。おまえが微笑むその瞬間が、なにより私の幸せだった。
 願いは叶ったか。私がこうして、ここにいることで
 おまえの願いは叶ったか 今頃笑っているというのか
 それならばそれでいい。
 窓辺に伸ばした腕を使い、うなだれた己の顔をぐいと包み込む。
 泣きたいか、雪姫。
 泣くものか。
 あぁ、だからならば、おまえ一生笑えばいいよ。私のことを思い出すたびにきっと幸せでいることだろうとおまえが思い、そして笑うことが出来ているなら。おまえは一生笑えばいい。笑っていて欲しい。笑ってくれ、頼むから。
 そうでなければ私
 なんのためにここにいるのか
 お願いだあのひとよ兄よ 私の ただひとりのあの兄よ
 どうぞ笑い続けていてくれよ
 世界でいちばん どうぞおまえが いちばん
 しあわせに なっておくれよ


 それきり私もあの子を見ていない  と、黒尽くめの男は一言そう呟いていた。
 そうかあんたも、私と同じ。
 置いてきぼり に、されたんだな、
 あのひとでなしに。




 ラリラリラリラ  しらべは  アマリリス








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No1のに勝手に続けましたすみません