蓋が、かぽん、と、外れれば、
「・・・・・・あ・・・・・・?」
 中には、黒と黄色の縞模様の、新しいちゃんちゃんこが一着。丁寧に折り畳まれて入っている。
「これって、あなたの・・・・・・?」
 うん
 僕のだよ。
 他の誰にも着る事は出来ない。
 これは僕のなんだ。
 ただひとつだけのかけがえのないもの。
 僕を生かし足場を確立させ、縛りつけ、目を、見開かせる。
 お前の姿だ。
 さぁ良く見てみろ、その隻眼を開けるだけ開いて、さぁ良く見てみろこれが、
 ―――――僕は立ち上がり、箱の中から取り出して、広げて、袖を通す。
 キラキラまぶしい。陽光が、細かい光の矢みたいにさんさんと降り注いで来る。いい天気。なんていい天気。どこまでも晴れ渡る空。
 右腕を通して、左腕を通して、胸の前で朱色の紐を組み、これが、
「僕だよ」
「大丈夫・・・・・・?」
「大丈夫、ほら、僕だよ」
 贈り物だ。
 自分を見失うなと、もう一度、もう一度その存在を塗り替えて、新しく。
 僕を救いにやってきた
 僕を助けにとおいところからおくられてきた
 どうなっても どうしても
「僕は大丈夫だよ」
 少女がこちらを見つめている。びっくりして開きっ放しの猫目の奥で、ゆらゆらと何か、揺れている何か。
「僕は、戦えるよ」
 また、たたかうよ
 まだ、たたかえるよ
 たたかいつづけるよ
 ずっとずっとずっとたたかうよ
 だから
「大丈夫・・・・・・?」
 少女の声は、震えていた。
「だって、あなた、・・・・・・泣いてるじゃない・・・・・・」
 ・・・・・・泣いているじゃない・・・・・・



●




 だいじょうぶ
 僕の存在が、必要なくても

 見ていてくれる人が居なくても
 報われなくても


 いつか僕より凄い誰かが現れて、
 にんげんと ようかいとが 共存 できる そんな せかいを つくりあげ、


 誰も僕の事を思い出さなくなっても



●




 ―――――父さん僕は、今日も目が覚めました。
 西に向いた側から、柔らかな風が顔に吹き付けて来ます。
 西方浄土から吹いてくる風です、彼岸の風です。
 父さん僕は、どうしても、あちらへ行く事が出来ません。

 居場所が無いだと
 居場所は無いけど、生きて来たじゃないか 今はこう言ってやりたい気分です
 だからこれからも朝が来て、僕は、目を覚ましていくんだと思うんです。
 永久に永遠の中途に佇んで、己の地獄を引きずった正義を、振りかざしながら。
 いつの日か、その連鎖を断ち切るために、僕にそっくりの顔をした 僕と同じ 誰かが、 僕を倒しにやって来る。
 その時 僕は、僕に、こう言うと思うんです、


 お前は何を愛した?
 世界を愛した?
 自分を愛した?

 愛しているのは、世界で、あなたで、そして僕だ。

 お前が居るから、この世界は美しい。
 お前が居るから、光は輝いている。
 お前が居るから、全ての生きとし生けるものに無限の愛を。
 お前が居るから、世界は素敵だ。

「お前が居る。だから世界は素敵だ。」

 ありがとう、 ぼくはしあわせだ。






 空は晴れている。
 遠くから誰かが駆けて来る。
 手を振って、大声で僕の名を呼んで、
 まっすぐにこちらへ向かって走ってくる。
 次第にその数は増えて、幾人も、並んで、それぞれがその手を振って、
 僕は顔を上げて、
 にっこりと微笑んで、



●




 ―――――どこかの街の片隅で、浮浪者風のニセ易者が、強風に煽られながらその瞬間、眉をひそめた。
 圧倒的に強い存在感を放つ悪臭がたちこめ、周囲には誰も近寄らず、閑散としている。
 ひと気の絶えた陰気な路地裏で、風に易がザラザラと撒き散らかされ、汚れたマントと垂れ幕がバタバタと帆布のように騒ぐ、その一瞬、
 ひとり、眉をひそめる。
「アブねぇ眼。」

 アブねぇ鬼だぜ。





 涅槃西風―――――『ねはんにし』
 釈迦入滅の日である陰暦2月15日の、涅槃会前後に吹く柔らかな西風のこと
 西方浄土から吹いてくると信じられている
 別名 『涅槃吹』『彼岸西』


「ありがとう 僕は幸せだ。」
 そして僕は、大声で笑った。














涅 槃 西 風





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