NOW   H E  RE






 雑音ばかりで
 言葉が次げない。
 この口を
 開いていいのか
 開くとどうなる
 メシア  メシア  わたしの メシア
 さながらこれは、福音のようだな。笑い声を立てている。


 あなたの前に、私は今居ますメシア。
 嘘ですあなたは居ないのです。私が殺しましたあの日、メシア。それにしてもさっきからひどい雑音ばかりだ。さっきから耳の中にがりがりもそもそひっきりなしに 何かが 出てこようとしているみたいじゃないかまるでそういつかとおんなじ
 懐かしいなははは。あぁ懐かしいけれど
 これじゃあ頭の中に割って入っていけないじゃないか 割って いやそんな事する必要はないんだった
 あなたは帰って来るというのだから。
 あなたは必ず蘇る。復活の時を迎える。蛙の使徒はそう予言していたよ。すべからく事象は予見され、仕組まれていたことだったのだと  おぉメシア 偉大なる我らが救い主 まだ小さな子供じゃないか  そんな姿で
 あの日あなたと私は出会った。
 どうして信用など出来る?
 亡き者にして 容れ物にして ようこそ計画通り。あとは、私など、初めから存在してなかったみたいに。今までの人生もこれからの未来も存在自体もそっくり根こそぎ 
 そして 「万人が幸福になる」世界 などと?
 あー あー さっきから雑音が外側内側 すみません私は今、少しおかしくなっているようなのです。 あーあなたは私の偶像でした。今ともなればはっきりと自覚出来ます頭の中に それにしてもひどい雑音だ自分の言葉も聞き取れないあなたは確かに偶像でした。今もって私を支配する。
 現にほらここから未だ一歩たりとも進めない あなたから。

 割って
 割れた頭。
 高いところから落ちて 落ちてゆかれる 頭。
 ここは私は今どこだ もしや今私はあなたの頭の中に居るのかな。それにしちゃ雑音がうるさすぎやしないかもっと 整然として然るべきのはずだ あなたの思考回路なら。
 断片断片断絶。私の脳内に漂う思考の切れ端が、なにか、思い浮かぶそばから消えてゆく。何を思い付いたのか何を思っていたのか、まるで手に取れない。まるで禁忌のように。触れたら割れちゃうものみたいに。
 しかし。そうだ。考え付く事なんて最初っから無かったようなものだからな。
 考えたから、ダメになっちゃったんだものな。
 あなたの頭の中に、今私は居るのなら、私はとてもうれしい。
 入って行きたかったんだ。その中身、最期まで理解できなかったのだから。
 まだ子供じゃないか
 何言ってるんだ
 気に障る
 そうあなたという存在は、私には理解できない不快極まりないものだった。初めて会ったあの時から
 子供はこどもらしくべんきょうをしてうがいをしのこさず良く食べ良くわらいせんせいのいうことをちゃんときいて 聞け 聞きなさい せんせいの言う事を
 なぜ聞かないんだ?
 たかが子供の分際で
 何ができると
 何をしようと
 何を見ている
 何が見えた
 その目に映る私という存在は、あなたにとって いったいどんな
 利用したんだよな
 殺そうとしたんだよな
 そしてさいごまで わたし だったものの言葉など なにひとつ なにひとつ
 メシア 救い主
 ハーレルーヤ、不様。
 なにが万人の 幸福 か。


 雑音が邪魔で、
 言いたい事を、思い出せない。
 うまく言えないからきれいに、形を整えて提示する必要がある。いやその必要は無い。切ったり、そろえたり、見繕っている内に、どんどん最初のあれらは消えて、多分、いちばん初めに思っていたいちばん言いたかったその事は消えてしまって、
 後付けとして、こねくり回した、原型を留めていない残骸が、もはや散乱しているばかりだ。
 あなたの前に、今居ますメシア。
 嘘です。でも帰って来るのです。私はその日を待っているのです。

 私がキスしたその額。
 私がキスしたその額が割れた。
 割れた頭。打ち落とされ、地面に叩きつけられたあまりにも呆気ない、滑稽な最期。
 血を流すその冷たい割れ目の中から、あなた再び立ち昇り、降臨するという。帰って来るのです。ほうら見えます裏切り者の目の中にその姿、あなた。枯れ朽ちたいばらの冠を踏みにじり、首無しの巨大な怪馬にまたがって、真昼の光線司り万事懺悔の有象を焼き払う。無象の天使どものラッパは称え祝して地を裂き轟く。
 その裂け目に飛び込んで、今度は私が落ちてゆきたい。あなたを見上げて叩きつけられてしまいたい。
 いいや違うかな
 いいや多分、私は、多分、 あぁうるさいんだ  言いたかったんだ言いたかったに違いないんだ、  出会ったあの日から雑音が全てを  あなたにはもっとちゃんと、ちゃんとなにかを、伝えねばと、  がりがりもそもそ削り取ろうとしてるんだ雑音が正気を  言いたかった、  今でも正気を奪おうと ころしたはずの あのやもりの男が
『親愛なる 悪魔くん サマ わたしです』
 世界の全ての幸福のために、あなた私を殺そうとした。
 あなた私なんか何ひとつ必要としてなかった。
 あなたが必要としていた男を私は殺した。
 あなたの殺そうとしていた私は生き延びていた。
 それを知っていたくせに側に置いたのは、ねえ何故なんですか。
『ヤモリビトか もう来る頃だろうと 思っていた』
 言いたかったんです でも 何を? 言いたくて、言った所で届く筈など無い。例えあなたが、死んでいようと生きていようと。結局そうだったんだ私の言葉は、あなたには。すみませんわたしはいますこしおかしくなっているようなのです 混乱の真っ只中笑い声を立てている。あの日からずっとこうして笑い声を立てている。
 メシア、メシア、わたしの、メシア。
 あなたなど存在しなればいい。
 あなたがいなければ生きる意味などない。
 憎んでる憎んでいる今でもずっと 本当は どうしたって消える類のものじゃあない
 世界のために 自分のために 私を殺そうとしたくせに。
 でもどうして どうしてなんだあなた
 どうして結局 わたしを殺さなかったんだ   松下一郎。
 それがほんとのあなたの名前だ メシアと呼ばれる以前の 名前だ
 今じゃもう誰も呼ばなくなって 忘れ去られてしまった
 初めて伺った時、いい名前だなと、思ったんですよ
 利発そうな しっかりした響きだ。 一番初め 一等賞 誰よりもおまえが いちばんの 願いのこもったいい名前で すね
 はじめまして いちろう くん。
 はい私があたらしいせんせいです 今日からあなたの家庭教師です 名前は
(言いたかったことは多分)
 どうしたんですかにっこり 笑って 歓迎してくださいよ さあ
(私は おそらく あなたのことを)
 笑おうよ さあ 笑いなさい
(言いたかった こと ってのは)
 聞き分けの無い 生意気な
(形を作ろうとするから 消えてしまって)
 たかが子供の ――――……

 子供なんだから こどもらしく
 どうしていつまでもそんな顔ばかりしているんだ

 もう少しで、その願いは叶いそうなんだろう、手を伸ばせばあの欲しかったものが、もう、届きそうなんだろう、
 ちっとも嬉しくなさそうじゃないか
 一言
 言ってくれれば
 取って

『なんだおまえ 昔の家庭教師を思い出させるようなこと言うなよ』

 あげたのに





 言葉ってのは、わからないもんですねえ。
 組み立てた単語の、羅列にしかすぎないのにねえ。
 立派に言おうとするから、うまく次げないのかな。
 立派なことじゃないのにな。
 あなたは復活するという。ならば私の、裏切りも。もしやすべてが仕組まれていたことだったのかな。自身の死も想定の範囲の内か、これがあなたの仕掛けた術中、手管なのか?導かれて踊らされ見事に陥った私。
 ならばさて次の御指示をメシア。
 私はどちらへ、向かえばいいのでしょう。
 私は何を、願えばいいのでしょう。
 わからないから、待っている。
 帰って来るのを待っている。
 あなたは私の偶像でした。
 見上げてばかりの、天を突く巨大な 計り知れない偶像でした。
 今もって私を支配する。永劫不変に君臨して縛りつける。
 烙印のように。
 呪いのように。
 愛しています。嘘です。ひどく愛しているのです。どうして私を信じたんですか。過ごして、交わして、触れてゆく全ての日々のうちに感情でも芽生えましたかぬくもりとかにぎやかさとか痛みとか ちゅーうとはん ぱ な 情など抱くからだ、信じたいと願ったのか、ガキめ。まだ子供のくせに 言ったろう、あなたなんか子供のくせになんにも知らないくせに だからあなたはくたばったんだ。 私が、あなたに無視され続けてきたこの私が、ずうっと言ってたことだ、言ってたんだ、言ったろう言ったろう 聞いてろよ ほら言った通りになった だろう、ざまあみろ。帰って来たら今度こそ言える 言ってやれる。届かなかった、言えなかった、言いたかった 多分ただひとつの 言葉
 呪いのように。
 いつまでも消えない。
 抱きしめて号泣するかのように
 羽交い絞めにして縊り殺すかのように
 良きに付け 悪しきに付け 本当はどちらでもいい
 おねがいだ
 どうぞもいちど
 存在を





 もう一度ここへやって来て
 耳をつんざくハレルーヤ。
 見えます。
 裏切り者の目の中に。
 目の中に見えるのです。あなたが
 あなたが帰って来るその姿
 やって来る。両手広げて拍手で待ち受ける。裏切り者の目の中にそれははっきりと輝いている。やって来る。燃え盛り開く裁きの扉、踏み潰されたリンゴの実、沈んでしまったノアの船、
 いかれてしまったユダの脳 すべてのそんな者達の目の中に ほら
 太陽。太陽が輝くんだ。真昼の光線有象をなぎ払い、すべての無像がその足元に伏して、神すらまでもが恐れたあなた、あなたが  まとわり付く天使どもを振り払い、いばらの冠脱ぎ捨てて、首無しの巨大な怪馬にまたがりやって来る。やって来る。やって来る。やって来る。