むかしむかしあるところにひとりの従者がいました。



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 従者はお仕えしている、自分の王様の事が、
 心からとても、好きでした。


 きらきらとまぶしく 光り輝いていますねえ。
 まばゆい光の線が矢のように 降り注いでくるみたいですねえ。
 白昼。白昼です。文字通り真っ白な昼の光です。
 光だけが空に満ち、白い、白いです。世界中が染め上げられる。
 騙そうとしているのです。
 光が世界を騙します。
 あなたの淘汰された後のこの世は素晴しいと 祝福するように。突き刺すように。
 提示だ、提示。異分子の排除叶った美しいこの世界を よく見ろ よく見ろ お前の姿
 すがる者を失くしたお前の姿、典型的な信者の末路。 地表に焼付け 確認させよう
 お決まりだった、その呪文。
 メシア、メシア、わたしの メシア。
 地表に黒々と焼き付けられさぁ、はっきりと浮かび上がる。一人っきりだ。

 従者は王様の事を、メシア と呼びました。
 王様は従者の事を、蛙男 と呼びました。
 従者は王様が、自分の事を、
 呼んでくれる時が、一番好きでした。



 先を行く、あの、そびえ立つような巨大で小さな背中を、失くした。

 置いてかないでくださいね。
 そう言っていたのに。
 いつでもお側におりますからね。
 そう言っていたのに。いつも。
 光を失くしました。私は私の光を失いました。
 行かないで下さいね、行かないで下さいね、行かないで下さいね、行かないで
 きらきらひかっていますね
 世界のどこかしこもまぶしいですね
 メシア、メシア、救い主。あなたは何よりも私の、救い主。
 太古の昔より忘れ去られていた魂を、あなたは甦らせ、己の傍らに置くと言った。
 せかいを つくるには おまえが ひつようなんだ
 嬉しかったんです。ええ、そうです、あからさまに過ぎるくらいに。嬉しくて。
 それではメシア、なんなりとご命令を。共に世界を創りましょう。それは完全世界、千年の名を持つ王国。万人の幸福の理想郷だという。未だかつて為し得た者など皆無だという。
 不可能になどさせるものか。
 私がお仕えするその人は、
 私をお選びになったその人は、実現したいと、言ったんだ。それならば私は
 行かないで下さいね
 誇らしくて、尊大で。あなたは私の光でした。太陽を背負うようだった、まぶしい。とてもまぶしかった。いつも目を細め仰ぎ見るようにして追っていたんだ。あなたは偉大で、平伏す様に、遠い、目を細めた分だけよく見えない、
 そうだまぶしすぎてよく見えない、
 行かないで下さいねいつもお側に
 あなたはまるで太陽のように、遠くて
 お側に居りますから
 この声は聞こえていたのでしょうか、メシア。


 他でも無いなによりも自分のことを、
 王様は一番最初に、呼び寄せたのだということそれが、
 従者の一番の、誇りでした。
 だからメシア 王様の御側に控える時、にこにこしながら、心の中でずっと、
 だからメシア あなたが私を一番最初に必要としてくれたから
 私は何があってもあなたをお守りいたします。
 必ずお守りいたします。
 必ずお役に立ちますから どうかお側にいらしてくださいねこのままずっとメシア
 王国をつくりましょうね
 あなたの望む、あの理想の王国をつくりましょうね
 だからその日が来たらどうかメシア





 不安だったことは、ありました。
 3番目に呼ばれた あの男が
 どうしても前生を、以前の自我を、王様に対しての憎しみの心を、
 いだいて消せないでいるように、従者にはどうしても、見えるのでした。
 王様自身、気付いていないはずは無いのに、
 そのことには触れません。話がそちらに及ぶと、するりとそらすか曖昧にかわしてしまうのです。
 不安でした。王様の、自らも気付かれていない、根底が、
 ゆらりと揺らいでしまうことが。恐怖でした。従者は恐れておりました。
 喜びでもあるのです、王様は、成長したということなのです。これまで他者を寄せ付けず、閉じ切った空間の、ひとりぼっちきりで育ち過ごしてきたこの王様に、
 感情がうまれた 情を知り得た はからずも我々や、他の敵対する者たちそれぞれとの、軋轢の中で育まれた誇るべきこれは
 けれども根底が揺らいでしまう。強い意志、他に及ぶようなものの無いその信念、それらが皆揺らいでしまう あらたに芽生えた感情とのはざまで本人さえも気付かぬうちに
 こわかったのです 崩壊が
 従者は恐れておりました。
 王国の崩壊が。世界の陥落が。あの男はこれに気付いていない どうしておまえを生かしておくのか、あの王様が。
 おまえが恐れるあの王様はまだ子供なんだよ。
 こどもが泣き声を上げながら2本の足で立っているんだよ。




 約束
 約束だ
 約束を 守らなくちゃ
 あなたが遠すぎて私は、私の声は、ほんとうは、届いていないような気がしていました。
 復活すると
 約束した
 約束の地に 行かなくちゃ
 いつもいつも、本当は。まぶしすぎてよく見えない 見えていなかったあなたの姿 私はなんにも知らなくて
 知らないことが 多すぎて それが悔しく 悲しくて
 お側に居ると言っていたのに
 それでも遠い その事実に 気付く事が 怖くて怖くて仕方なくて
 どうして呼んでくれなかったのですか
 どうして最期まで私を呼んでくれなかったのですか
 何があってもあなたの味方だと
 必ずやあなたをお守り致しますと
 言ったのに 言ったのに 言ったのに 届かなかった
 メシア メシア 私の言葉は あなたには
 だけど だけど 私の目にも
 私自身にも あなたの姿は まぶしくてほんとうは ちゃんと見て あげられなくって
 目がまわって、前のめりにたおれました。大丈夫、土が付いたのは私。あの人は 今もってこの まぶしすぎる世界のどこかで ぐっすりと やすらかに 目をとじて おやすみを
 行かなくちゃ
 行かなくちゃ
 目を開けてみてくださいよメシア
 きれいなところですよ 光に満ちて
 足元の草原も 露も 吹きぬける風も 見てくださいよメシア それぞれがまばゆく 在り得ないほどきれいで
 きれいで  私目を伏せるしかありません
 目をあけてくださいよメシア  まぶしくて まぶしくて 言葉にならないこの世界で
 あなたのからだがどんどんつめたく かたく なってゆきます
 夜の花火みたいに
 パーンと 音がして あなた 羽根を散らすみたいに あなたは 星がひとつ おちてゆくみたいに あなたの からだが
 空で 真っ赤に 血飛沫 飛ばして
 星々またたくさなかに 花火よりも 光よりも どんなすべてよりもはっきりと あざやかに
 地へと向かって墜落した。
 お守りしますと
 ちかったのになあ
 どうしてできなかったのかなあ
 どうして生きているのは私なのかなあ
 どうしてかなあ
 どうしてかなあ

 折れて崩れて掻き消えてしまいそうなそのちいさな背中 抱きしめたかった 抱きしめてあげればよかった。
 地を這いずり、おうおうと泣きわめく。天をめがけて天を呪うように 光の中で吐き叫び、泣きわめきます。 腫れ上がったまぶたに沁みわたる痛み 天から絶え間なく降り注ぐ、まばゆいばかりの突き刺さる凶暴なハレルーヤ。
 おねがいしますわたしからあのひとをうばっていかないで
 つれていかないで
 つれていかないで
 だけれどあなたはなにも言わず いつも 結局
 去って行くだけ 背中を向けて 遠く
 そのくりかえし
 私は黙って 後姿を
 いつも遠く
 なにも出来ずに
 後姿だけ を



 白昼、光、濁流のようにまばゆくほとばしり、降り注ぎ、泣き声はかき消される
 あなたが私の世界でした
 千年の名を持つ、王国でした


 むかしむかしあるところにひとりの従者がいました。






 ひとつだけ
 蛙の 後悔は

 一度でもぼっちゃまに
「ダメです」と言えなかった事

 肯定ばかりで、否定できなかった
 盲目的にいつも、すがりついていただけだった
 今度は そうだな
 あの いつかの
 家庭教師みたいに


 行かなくちゃ
 約束だ
 光焼き付ける地表の上を、這いずり再び動き出す。
 約束したんだ
 復活すると
 あなたは再び甦る 終わることは無い そう言われた あなたは 私に そう言ったんだ
 約束の地に 行かなくちゃ
 あなたがもいちどやって来る その地で私は 待ち受けるのだ
 目覚めぬのなら 目覚めさすまで ねえ メシア これはあなたが教えてくれたこと
 楽しかったね
 楽しかったですね あの日々は
 あの日々を もいちど そうだ文字通り死んでも諦めたりなどしない
 狂っているか いいや狂ってしまいたい 正気などいっそ邪魔なだけ やがて地を這うハーレルヤ
 どこにも行かない
 どこにも行けない
 だってそうでしょ
 呼んだでしょ
 この世界に私を 呼んだのは あなたなんだ そうでしょう
 だから
 あなたの存在する世界こそが 私の居るべき世界なんだ



 丘を越えて
 約束の地まではあとわずか
 どこにも行けない
 どこにも行かない
 どこだっていいんだ 従者はそう思います。王様の眠るあの場所へ、息切らし足を引きずりながら、どこだっていいんだ、そんなもの。いつかあなたが、笑ってくれるような場所だったら。
 そこを私は、千年と名付けよう。あなたの為に千年でも守り通そう。笑うあなたの傍らで、それならば私は言えるはず。世界は、こんなに、美しい。