夢を見た。 あいつは僕の前に差し向かいでお茶を飲んでいる。角砂糖を入れ過ぎだ気持ち悪い。カップの底で溶け切れない砂糖が山になって紅茶の表面から顔を出している。それでもまだもう一個。止せ気持ち悪いと呟いたら、おや口に出すのは珍しいですねと顔を上げて僕を見た。陽射しは温かい。窓から透けて手元を白々と照らし出す。あいつの指先が角砂糖をつまんだままひょこひょこ、円を描くように動いた。 まぁせっかくですし止しましょう、せっかく誘ってくれたんですからね。 前々から言おう言おうと思ってたんだが竜崎、どうしてそんなに甘いものが好きなんだ。 頭を使った後は糖分を取るべきですよ。 取り過ぎなんだお前の場合。 そうなんでしょうか。 お前程の奴は他に見たことが無い。 私もです、そう言えば。 当たり前だと思っていたけど、違うんですね。 含みを感じる、余韻を持たせて、あいつは首を傾ける。 ミサが怒っていたぞ。 私が夜神くんの傍にいつも居るから? そうじゃない、『ミサの前で食べ過ぎ。甘いもの食べたくても我慢してるのに!』。 似てませんよ物真似。 別に真似てない、ミサの苦情を伝えたまでだ。 食べればいいのに。 太るとかだろ、それはともかくお前のは異常だ。 変わってますか。 変わってるよ。 私にはこれが、当たり前でしたから。 色味の無い部屋。差し込む陽射しは白っぽくやたらにまぶしい。室内は逆光でしんと黒く静まり返っている。目の前に座っている、あいつのひょろりとした肩の線が、妙に浮き上がって見える。何処を見ているのかわからない黒々とした穴のようなあの目が、まっすぐじぃっと、瞬きもせずに、こちらを見ている。 これが変だと比較できるような、誰かが、近くに、居ませんでしたから。 それはおかしいと言って来るような、誰かは、傍に、居りませんでしたから。 成る程、これは、変わってるんですね。独り言めいた呟きで、ふんふんとうなずきながらあいつはスプーンでカップの中身を繰り返しかき混ぜた。ドロドロに溶けた砂糖の山を玩ぶ。僕は顔をしかめている。大きくドロリとスプーンにすくって、僕の顔を見ながらぱくりと口に入れた。 美味いか。 美味いです。どうですか、ひとつ。 断固拒否する。 そうですか、残念です。せっかく嬉しかったのに。 何がだ。 友達っていいな、と思いました。 それからあいつは色々な事を聞いてくる。ミサはどうしている、だとか。ミサ? 私から夜神くんが離れたので、毎日毎日歌っているんじゃないですか。 歌ってはいないがうかれているな、これでこっちの片腕も自分のものだ、って、へばりついて放してくれない。 髪は伸びましたか。 そんなに変わってないな。 変わらないのは、何よりです。 おとうさんは、どうしてますか。 僕のか?相変わらずだ、退く気配もなく走り回ってばかりだずっと、止まれない種類の人間なんだ、生きがいとかもう、そんなレベルじゃない。 時々お前の話もするよ、一番うるさいのは、松田かな。 松田さんは、バカですね。 あぁバカだ、お前の椅子に、菓子を撒くんだ、寄って来るとでも思っているのかバラバラ甘い味の菓子を撒くんだ、あいつはお前の事を犬や猫だと思ってたんじゃないか。 松田さんは、バカですね。 しみじみと繰り返すから僕は思わず吹いた。松田の顔を思い浮かべて吹いた。僕の空のカップと竜崎の砂糖まみれのカップが二つ、カチャカチャ揺れる、揺れた。餌付けみたいだな、迷子じゃあるまいし。 まるで迷子ですね。 あぁ、そうじゃないのに、そんなじゃないのに。 もう 夜神くんはどうですか、と、あいつは言う。僕は・・・同じだ。 同じですか。 あぁ、おんなじだ。そう答えたらあいつは笑った。何がそんなに可笑しかったのか大きな声を出して笑った。初めて見た。あいつも初めてです、と言った。 お茶会って、楽しいですね。 竜崎お前はどうなんだ どうなんだって、楽しいです 楽しいのか 笑いました だけど帰れません まだ 帰れません もう 目が覚めて僕は泣いていたのだけれど、陽射しがとてもまぶしい。どうしてなのかはわからない。わかるはずもない。 『お茶をもう一杯、いかがですか 夜神くん。』 |
「午 後 の お 茶 会」