蓋が、かぽん、と、外れれば、
「・・・・・・あ・・・・・・?」
 中には、黒と黄色の縞模様の、新しいちゃんちゃんこが一着。丁寧に折り畳まれて入っている。
「これって、あなたの・・・・・・?」
 うん
 僕のだよ。
 他の誰にも着る事は出来ない。
 これは僕のなんだ。
 ただひとつだけのかけがえのないもの。
 僕を生かし足場を確立させ、縛りつけ、目を、見開かせる。
 お前の姿だ。
 さぁ良く見てみろ、その隻眼を開けるだけ開いて、さぁ良く見てみろこれが、
 ―――――僕は立ち上がり、箱の中から取り出して、広げて、袖を通す。
 キラキラまぶしい。陽光が、細かい光の矢みたいにさんさんと降り注いで来る。いい天気。なんていい天気。どこまでも晴れ渡る空。
 右腕を通して、左腕を通して、胸の前で朱色の紐を組み、これが、
「僕だよ」
「大丈夫・・・・・・?」
「大丈夫、ほら、僕だよ」
 贈り物だ。
 自分を見失うなと、もう一度、もう一度その存在を塗り替えて、新しく。
 僕を救いにやってきた
 僕を助けにとおいところからおくられてきた
 どうなっても どうしても
「僕は大丈夫だよ」
 少女がこちらを見つめている。びっくりして開きっ放しの猫目の奥で、ゆらゆらと何か、揺れている何か。
「僕は、戦えるよ」
 また、たたかうよ
 まだ、たたかえるよ
 たたかいつづけるよ
 ずっとずっとずっとたたかうよ
 だから
「大丈夫・・・・・・?」
 少女の声は、震えていた。
「だって、あなた、・・・・・・泣いてるじゃない・・・・・・」
 ・・・・・・泣いているじゃない・・・・・・






 だいじょうぶ
 僕の存在が、必要なくても

 見ていてくれる人が居なくても
 報われなくても


 いつか僕より凄い誰かが現れて、
 にんげんと ようかいとが 共存 できる そんな せかいを つくりあげ、


 誰も僕の事を思い出さなくなっても






 ―――――父さん僕は、今日も目が覚めました。
 西に向いた側から、柔らかな風が顔に吹き付けて来ます。
 西方浄土から吹いてくる風です、彼岸の風です。
 父さん僕は、どうしても、あちらへ行く事が出来ません。

 居場所が無いだと
 居場所は無いけど、生きて来たじゃないか 今はこう言ってやりたい気分です
 だからこれからも朝が来て、僕は、目を覚ましていくんだと思うんです。
 永久に永遠の中途に佇んで、己の地獄を引きずった正義を、振りかざしながら。
 いつの日か、その連鎖を断ち切るために、僕にそっくりの顔をした 僕と同じ 誰かが、 僕を倒しにやって来る。
 その時 僕は、僕に、こう言うと思うんです、


 お前は何を愛した?
 世界を愛した?
 自分を愛した?

 愛しているのは、世界で、あなたで、そして僕だ。

 お前が居るから、この世界は美しい。
 お前が居るから、光は輝いている。
 お前が居るから、全ての生きとし生けるものに無限の愛を。
 お前が居るから、世界は素敵だ。

「お前が居る。だから世界は素敵だ。」

 ありがとう、 ぼくはしあわせだ。






 空は晴れている。
 遠くから誰かが駆けて来る。
 手を振って、大声で僕の名を呼んで、
 まっすぐにこちらへ向かって走ってくる。
 次第にその数は増えて、幾人も、並んで、それぞれがその手を振って、
 僕は顔を上げて、
 にっこりと微笑んで、






 ―――――どこかの街の片隅で、浮浪者風のニセ易者が、強風に煽られながらその瞬間、眉をひそめた。
 圧倒的に強い存在感を放つ悪臭がたちこめ、周囲には誰も近寄らず、閑散としている。
 ひと気の絶えた陰気な路地裏で、風に易がザラザラと撒き散らかされ、汚れたマントと垂れ幕がバタバタと帆布のように騒ぐ、その一瞬、
 ひとり、眉をひそめる。
「アブねぇ眼。」

 アブねぇ鬼だぜ。





 涅槃西風―――――『ねはんにし』
 釈迦入滅の日である陰暦2月15日の、涅槃会前後に吹く柔らかな西風のこと
 西方浄土から吹いてくると信じられている
 別名 『涅槃吹』『彼岸西』


「ありがとう 僕は幸せだ。」
 そして僕は、大声で笑った。














涅 槃 西 風





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