4代目 習性

仏 舎  利








 からからの風が吹いてきて
 僕の水分を奪って行っちゃったんです
 朝から窓から空ばかり見上げて
 雨が降らないかと じっとしてるんです
 くもり空 だわね。
 僕今までいろんなことをしてきて、こどもを泣かせる悪さをするそう、お化け。お化けやその他もやもやする形の良くない青黒いものたち、いっぱい倒してきたりして、
 少しは良い裁き者のつもりでいたんですけど
 最近の頭の中ときたらからっぽのかさかさ。骨しか詰まっていないのです(骨の中身は何処かへ行っちゃったよう)
 一寸でも揺らすとどうやらひびの入っていたらしく、かさかさ砕ける音がする。頭の中。かさかさ欠片の積もってゆく音が聞こえる。頭の中。揺らすと骨の欠片が鳴るの。鳥の爪音に似た音が始終眼球の裏から滲み出てきて気持ち悪い。吐いてもみるけどちっとも欠片出てきてくれやしない。
 僕以前はこんな風じゃなかったはずなのに。
 僕もっと色んな事をして頑張って、みんなが楽しそうな様子を見ていられればそれで。幸せに思ってたはずなのに。


 からからの風ばかり吹いてきて、
 中身のぎっしり詰まっていない僕は、何処か遠くに吹き飛ばされそうになります。
 もっとなにか 以前は 違うものだったように思えるんだけど。
 脳髄がうっかり床に落ちて飛び散ってしまったので、以前のことをすっかり正確に思い出すのはむずかしい。
 ただそんな気がするだけ、そんな風に思い込んでいるだけなのかも知れないけど。
 うっかり落とした自分を悔やむ。大事に扱わないといけなかったのに。
 尊厳とかプライドとか自己とか本能とか。
 だからこんなじゃなかった どんな風に生きてたっけ
 あの頃が思い出せない。笛吹き男の後に付いてネズミと一緒に行っちゃった。
 全てが嘘っぽく感じられるのは気のせいでしょうか
 習慣の、かすかに残った痕跡や、周りの話題の端々に伺えるかつての面影、輪郭が。笑っちゃうほど作られた、物語の主人公じみていて、驚くよりも、笑っちゃうのです。
 これがあなたのしてきたことよと、皆くちをそろえて不思議そう。なぜ今更聞くのかと。否否否、黙秘!
 今僕はその物語の主人公ではないのです 僕は僕であってその僕じゃあありません 意味不明。したがって黙れよ、ただ聞けよ。頭おかしいと気付かれるなよ。居場所も無くす。
 あー当事者じゃないんですよ。
 そうあらねばならないけれど。
 伝え聞く己の姿、そのいちいち。不思議だな可笑しいな、そんな風に映ってましたか、面白いな笑うとぐらぐら揺れるなぁ、頭。
 ぐらぐらの頭の中で、
 そういう風になりたかったんじゃないよ多分
 こんな風になるつもりもなかったけど
 もっと
 静かにしてくれ
 何も言わないような
 意味の無い 求めない 在るだけ 疑いようの無い
 骨みたいな
 からからんからからから 乾いて、干からびて、ひび割れている。こんなじゃいけないと怖くなる。どんどん遠くなるよで寒気がする。風はどんどん強くなり、空は気が付きゃ赤くなる。ほらごらん赤く腫れ上がった空よ。お前の上に覆い被さる。こんなじゃいやだ、ごおうごおう吹きすさぶ生ぬるい風の中。鉄じみた匂い。ふらりゆらゆら立ち上がりからから。
 水が欲しい、なにか水を、どうかこの開きっぱなしの口に水を入れてくれよと希えば。
 何か必死で可笑しいですね。
 何か苦しそうで心ときめくわね。
 堕ちたヒーローって風で素敵ね。
 で、どうしたの?
 だから僕はエヘへ、と笑う。
 こんな平和が、僕の望んでたものですか。


 踊らされても前みたいに上手くない。
 褒められたって笑えない。
 僕みんなの為に何かして、みんなが楽しそうにしているのが、幸せだったはずなのに。




 干からび朽ちても戦いましょう。
 骨砕け弾け飛ぶ頭蓋でお決まりのお題目を提示しましょう。
 それを成す為に生まれてきました 役割 存在意義をお忘れか?
 でも今はもうからからになってしまって不様な僕 ほんとは何にもしたくなくって
 ふとした空風にさらわれて、粉々になってしまえたらいいな、って、夢を、見るのです。


 破片を
 集めて
 壷に入れて
 配る。
 さぁさ皆様お集まり。一欠片ずつ残さず美味しくいただきませう。
 とざい東西。どちらさんもこちらさんも集った集った。希少な効能の宿る干菓子だよう
 指は鼠がかじった 「おれっちにゃあ甘すぎんぜ」
 あばらは婆がかじった 「いいこころもちじゃわい」
 頭は猫がかじった 「甘くてとっても美味しいよ」
 足は爺がかじった 「おぅ こいつはこたえられんの」
 喉は目玉がしゃぶる 「もっと皆にもふるまおう なんとも不思議な干菓子じゃあ」
 正義・理想・平和共存ユートピア。大義名分の甘い味。一口かじれば湧き上がる思い。平和を愛する切なる願い。
 もっと皆に配って回ろう。敵味方もお構いなしさ。さぁ皆そろったところで万歳だ。一口かじったら万歳だ 「天地開闢世は全てこともなし!」  あぁ、これで、僕のすることはすべて終わったよと、安らかにひとりごちれば


「事件だ 事件だ 出番だよ」


 赤くひずんだ曇り空、カン高い少女の嬌声が、道の向こう、転げるようにキンキンと、鳴り響いてやって来る。
 誰が弾くやら猫三味線、外れた調子でチャンカラチャンカラ、唄い始める。
 耳で回る めまいがする 少女に手を引っ張られて、チャンカラチャンカラ えらい速度だ 足の継ぎ目が割れそうだ 顎ががくんと吹っ飛びそうだ。
(風に着物がとけちまうよう)
 何処へ行くの何させるの
「あれを見て いやらしい化け物 戦って」
 化け物は何何が化け物
「さぁ戦って たいそう格好良く戦って」
 戦えないよ 戦いはきらいだといつも 言っているじゃない どうして覚えてないの
 化け物一体何をした ぜんたい何を持って化け物とみなすのだ
 僕だって今このようにたいそう不様な化け物。
 身の丈違いの理想を着せられていた 着物を暴けば乾いた骨ばかり。
 ぶかぶかじゃ格好悪いでしょう からからじゃ何の役にもたたない。
 それでも君は望む?どうして欲しいの?
「言っている事がよくわかんないわ」
「格好良い所見せて!」
「あなたは あたしの恋するヒーローなの」
 だから守って うっとりさせて。 今ここに形で示して頂戴よ
「男の子だもん 格好良い所見せて!」


 骨が鳴ります。
 かりそめの心の臓脈打ちます。
 殺気の無い目でひと睨み あばらに空風 吹き抜ける。
 おぉなんとまぁしょぼくれたヒーロー 我と対峙するつもりかよ その 間抜けた風情で 我の起こす風一吹きごとに足を踏ん張り 関節のひとつひとつが騒々しく鳴りわめいて タガの外れた頭蓋がガタガタと唄う やれ愉快だ可笑しや笑える そのざまで何するつもりかよ 笑止笑止骨ばかり。
 それがお前だ本当のお前の姿だ やれ可笑しやどこまでも三文芝居。
「格好良い所お願い見せて」
「するとね胸が苦しくきゅんと鳴るの。」
「苦しくなるほど陶酔するの。」
「男の子だもん おねがいやっつけて!」
 少女が僕を見ています。
 かわいい瞳で見つめています。
 そのまなこにゃ骨など映りますまい。
 いつでもこちらをひたむきに見ていた。乙女の可憐で無垢なる期待。
 僕に惚れててくれるのかい
 あぁかわいいな。
 じゃ格好付けるよ。
 僕だって男の子です。
 格好良いと思ってくれたんでしょう?
 なけなしの見栄根性がじわじわと疼きますよ。
 この三文芝居な戦いのざま、さぁしかと見ておくれ。
 誰かが、そう、望むなら
 男の子なんだから
 格好付けて、戦いますか。
 以前と違う とか言わないで
 似合わない とか言わないで
 あのころ もう もどってこない けれど
 これでも
 せいぎのみかた が 肩書きなんです。


 殺気の萎えた
 お門違いの攻撃で。
 夢を守って。
 夢を見せ続けて。



 ちゃんからちゃんから猫三味線
 走れ
 走れ
 突撃よ
 骨!
「素敵!」





 つぼのなか
 優しい嘘が染み込んで、美味しいお菓子に、思えたらいいね。