架空の町
皆 消えた 静かな街並を、下駄を響かせて歩いていく。
しんしんと沈黙した中でこの足音がうるさい。こんなもの履いてるからだよな、どうして履いてたっけ 情け容赦なくうるさいこの足音。
こないだまでにぎやかに ごった返していたこの街
平和になったから 皆消えた 笑顔で口々に本当にどうもありがとう。
忘れないよありがとね じゃあ元気で さようなら
さようなら二度と会えないさようなら
人を助けてばっかりの、どこにも依れないヒーローだ。
逃げ出したんじゃなく終わった事で、だからここに誰も居ないのは至極当然で
終わった処にこうやって残っちゃっているのは何のせいでもない、オレ自身が終わらせた訳だからです。
鬼ごっこ。鬼にタッチしたら次はそいつが鬼の番。別に嫌な事じゃない、オレしか鬼は触れないし あとは皆逃げ惑うだけだし
足音うるせぇ。からっぽの街の中、辺りは音ひとつ立ててやしないのに、何かすげぇバカっぽい。カラコロカン高い声で 灰色にくすんだ冷たいコンクリートに 呼びかけるようで ここに居るよと バカか うるせぇ。
花束なんか貰っちゃってさ
ありがとう 感謝する なんて 花束贈呈。開ききって散る寸前の花々、戸惑いながら受け取る傍から、2、3枚、赤やらピンクやらヒラヒラ散った。
ありがとさよならありがと それでは そろそろ
もうこれ以上きみとは共通し合えないから去るね。
きみからこっちへくるのはいいけど こっちからきみのほうへいくことは たぶんないとおもうよ
だって怖いからさ きみと こっち どうしても違ういきものだからさ
花びらバラバラ。ほとんど散った花束を片手に、どうにもくたびれてみっともないその花束を、気まぐれに。振り回したり、ガラス窓を叩いてみたり、誰も見てないし、邪魔なだけだからはっきり言って 無用な
いや違うか。
無用なのは、むしろ今のこのオレなのか。
わかりあえません。
わかりあおうと孤軍奮闘してたのは 正義じゃなくって 所詮 きみの願望です。
明らかに激しい他人へと向けてたその意志は、図らずも無理解と嘲笑を誘った。
きみが壊れた あるべき形を失った 理由がきみから 抜け落ちていく
似合わない花束、乱暴に振り回して。
いらないなら、捨てればいいのに。 執着だね
あのときの笑顔を忘れたくなくて
危機一髪間に合った瞬間の あの瞳の輝きを消したくなくて
まだこの街の片隅で、自分を待ってる誰かか 居るんじゃないかって 信じたくて
ほら残像。
見慣れた黒いロングヘアー。暗く古びたショーウィンドーの角を曲がって消えた。
立ち止まって、追いかける。きれいな長い髪だったよ。振り返りもせずきっとこちらに気付いてもなくって、ただ、角を曲がって行っただけだったよ。それだけの事だったんだ。
あんたが唯一人、近づいてきた人間だったんだよね
あんたがオレを呼んだんじゃなく、あんた偶然オレを知って、その足でそのままオレの所まで駆けて来たよね。楽しそうだったね 笑顔だったよ オレは残像に執着したよ。またどこかであの長い髪を見たいなと思った。
オレあんたに固執していけば、そっち側に依れるかななんて少しは、妄想したこともあったりして。
人に育てられた事もあるオレが、あんたらに依り添えないことは、ないだろ。
今でもそう思ってるんだけど。
そっち側の住人になりたいとか、そういうんじゃなくて。
なんか、嘘だと思いたくなかったっていうか、
何だったんだよと自問したくなかったっていうか、
結局信じたかっただけっていうのか
あの笑顔や
あの瞳
花束渡されて、お役御免だ
無用になりましたって事だろ、このオレも、この街も。
ひとりぼっちとからっぽの街。
花びらヒラヒラ、暗い色の風に散る。
いずれさっぱりと強風が、乾いた砂埃を引き連れて何もかもさらって行くだろう。
思い出とか記憶、遠ざかっていくのは今に始まった事じゃない。
そこに他意はない。
一言だけ、残すとすればさ
「オレ、戦ってる時もずっと 執着してたよ。」
どんだけあんたたちの為にひどくこてんぱんにやっつけてやったか 見てくれよ。
地図にも無い 電話帳にも無い 何処にも登録されていない架空の街の、出来事。
だからそれは架空の物語。
架空のヒーロー。架空の呟き。