「小 僧 の 神 様」




 名前を呼べよ、おおきく  知ってるだろ、子供の頃に
 でないと化物どもがお前をつかまえるぞ
 あの名を呼ぶんだ、墓場の土に染み込んでいた唄
 カラコロと夜通し響き渡った狂騒曲だよ
 キミノウシロデ  ナニカガオコル
 トビラノムコウニ  クロイカゲ
 わかってないやつすくわれない
 お前を見つけた化物どもが、
 今夜も襲いにやって来る



「ざあざあと雨の降りしきる湿った夜に、ふとんの中で眠れず息を殺して震えています。
爪を噛んでせわしなく辺りを見渡して、まばたきなんてしてしまえば最後。
今日踏みつぶして遊んだ蛙の数を数えています。
数えちゃいけないって思えば思うほど
ゆうれいを呼ぶあの唄の文句が 耳の中によぎるのとおんなじ 駄目だよ怖いよ呼びたくないの
頭の扉が開いている。変な通路に続いてる。暗いそこの見える奥から なにか 説明の付かないこわいものが、開いた隙間から入ってくる。
楽しいふりしてつぶした蛙。いじめっこがやれって言った。そうしなきゃいじめられちゃうから だから
靴の裏に貼り付いて、棒ではがす時ちょっと指についた。その時ピリリとかゆみが走った。洗っても洗ってもどうしても取れない。その時見ていた。見上げた電線の上に、ぼくを見ていた影があった。
道路一面にぼくらの足跡ぺっちゃんこの白い腹。見ていたんだ誰かが ずうっと ぼくのしたこと 電線の上のこわい影 すぐに消えた だけど
辺り一面血とどぶ色 雨の匂いと、鉄の匂い。生臭い指先 しみこんだ かゆみとれない 窓の外に 気配がある
電線の上でじっとぼくらを見ていたあの影が来る
ほら今にも窓が開いて ふとんにかくれるぼくをみおろして いやだ ごめん こわい 怖いよ許して ごめんなさい神様
助けて神様 神様 あぁ そうだ 呼ぼう
カランコロンと音がして、
カラスが三度鳴いて、オケラが四度鳴くと、
ぼくらの神様現れる。
夜の窓辺の境界から
ぼくらの神様 現れる」


「今朝あたしは目が覚めて、日差しに誘われて外へ出ました。空は完璧に美しく、光は祝福のように降り注いでくるのです。
でも頭の内側で、今日も誰かが言いました。いつも鳴り響くその声が言いました。お前の身体には傷が付いていて、膿んで悪臭を辺りに振り撒いているじゃないか
さあ良く見ろ 今お前が見上げているものは陽の光じゃない 自室の蛍光灯の明かりなんだ
 忘れないでその傷を
 その傷は誇らしく人に見せてまわれるものじゃない 目を覚まして、気が付いて。世界は悪夢なんかじゃない、
 お前が悪夢そのものだ。

またしても手のひらに顔を埋めます。光に誘われた自分がひどく醜くて恐れおののき顔を隠します。
己を醜いと笑っているのは誰でもない 他ならぬ己自身なのだとわかっていても 顔を覆うこの手を外すことが出来ない
世界は闇で覆われています あたしの目の前は夜ばかりです
外せば光が差し込んでくるのを知っているのに
開いて良いのかわからない 許してくれる誰に世界に?世界は誰 例えば 遠い昔に 夢中になってたあたしの神様。
夜の中から現れて、怖い夢から救ってくれた。だからあたしは夢中になったよ 困った時はあの子を呼ぼうと、あの頃あたしは思っていたよ。
夜から現れたもののくせに光みたいにまぶしかったあの子
願えば救う?もう一度。あの頃あなたを見ていた頃には程遠い、自縛に固まって何も見えなくなったあたしですらも  救う?それでも   救って下さい どうか 勇気を
この手の中の暗闇からこの顔を 解放する勇気を ひとつだけ
困った時には名前を呼ぼう  小さい頃そう思ったわ
あの子の名前を そう 怖くてたまらない夜があったら その時に
今がその時
暗闇から足音 聞こえて来る
指の間からにじむ光に 涙が溢れてきそうになる。
願いを叶えるのは神様。
あの子が神様  やってくる」


「今日の夜空はまぶしいね 星が降ってくるみたいだね
初めて見た空みたいだね いつかもあったかな 戻れないけど 帰れないけど
吹きっさらしにさらされて ずいぶんと軽くなったような気がするんだ
夜は優しいねえ 包んでくれるみたいだねえ
この目に見えるものすべてが きれいに見えるね
なんにもないと思っていたら 涙残ってた これでおもてなし
ひさしぶりだね うれしいな

きみに初めて出会った頃の時間に 今現在僕はいるんだ
もうずいぶん昔の事で、きみもけっこう変わっちゃったんだね しかたないね
僕はごめんね 変わってないよ
変わらないでいたことへの罰で 今こうしてなんにもない
とても大人になってしまったのに、誰一人として幸せにしてあげられなかったねえ
きみもね きみのことずいぶん 泣かせたよね ごめんね
愛してたのは 自分のことだけで
なんにもなくなっちゃうまで ぜんぜん気付きもしなかった
僕ができたのはみんなを不幸にすること ばかりだった
いつまでも昨日のまんまの明日を歩いてる僕に 世界中あいそつかして出て行っちゃったんだ そして
大人の姿で大人になれずに  結局 こんな末路です

呼んだら、来るかな。
子供の頃に慕っていた、子供の姿の、妖怪だよ。
夜だから来るかな。夜の中から、現れるんだ。
夜の悪夢を退治する、子供にとっての 守り神 みたいだったんだ。
もうさあ、こんなに大人になってしまってさあ、呼んだところで助けて なんて、言えるわけないんだけど。言ったとしても
僕自身が悪い化物 みたいな存在 なんだけれども
僕が語りかけているきみ も ほんとは居ない。僕の願い。きみにもいちど 会いたい と
ゆめ。空想。後悔の念。懺悔だ。
誰もいない なんにもない すべてがおしまいになってしまったところで
あの子供は来るのかな
僕を退治に来てくれるかな
光を浮かべて 悪を断ち切れ 子供の頃に 信じた神様
今もって願う どうか現れて。
呼ぶから むかしに 呼んでいた懐かしい その名前。
僕をたおして ね 守り神
子供のころの 小僧の神様。
闇夜を穿ちに やってくる
小僧を救いに やってくる」





 名前を呼ぶんだ 子供の頃の 墓場のヒーロー
 唯一無二の負の力 天下無敵の鬼子招来

 カラスが三度鳴き  オケラが四度鳴く時……

   黄鬼、黒鬼、 どちらを選ぶ?