踊っていたんだね 踊っていたんだね 踊っていたんだね そこで お前の胸の 底のそこで 誰も見つけやしなかった 赤い川の水は蒸発し お前が踊った その場所を 今や太陽が照らしている 太陽が焼き尽くしてしまう だけど 扉を閉める。歩き出す。電柱の陰から人影が走り寄って来る。 「……どうでしたか?」 泣きそうなんだ。 「あいつは……」 言いかけた言葉を、僕が差し出した携帯電話を見て止め、「あぁ」と今度は、喉の奥から大量の息に混ぜて、吐き出させたかのような声を漏らした。「あぁー……」長く引く。肩の力をがくりと抜いて、口の端は上がっている。 笑顔なの。 「良かったぁ……」 「その電話は、あなたに預けますよ」 「何故ですか」 「もともと友達だった人の、遺品でしょう」 「遺品……そうなんですよね……遺品……」 差し出している手の中を、口ごもって、見つめているだけだ。ヘラヘラ。笑って。ヘラヘラ。何だ結局同じだったんじゃないか、そうやってヘラヘラって、ヘラヘラと、 「……ぼくが受け取るのがスジってものですよねやっぱり」 目を逸らしたくてたまらない表情だ。 「ちゃんと、お払いとかもしておかないと。あいつタタリとか起こしそうな」 「怖かっただけですか結局」 「当たり前です」 「どうして怖かったんですか」 「誰だって化物に祟られれば怖いですよ。あなたにはわかんないかも知れませんけど」 「悪い事したと思っているから怖かったんじゃないですか」 「止めて下さいよもう」 男は溜め息を落として、首を振った。小刻みに頷きながら、僕の手の中のその携帯電話へ手を伸ばして来る。僕は引く。自分の胸の前で、ぎゅうと握り締める。 「なんで」 「悪い事したと思ってたのなら、素直にそう、告げれば良かったじゃないか、どうしてそう言ってやらなかったんだ」 「あなたに俺の、何がわかるって言うんです、少し位関わった程度であなたに」 瞬間、 僕の手が、男の横顔を殴り飛ばしている。 自分でも想定していなかった行動。尻餅をついた男は殴られた顔に手を当てて、きょとんとして僕を見ている。手が痛い。じんじんと熱い。頭の中は真っ白で、サーサーという音の無い喧騒がぐるぐると回っているだけ。何が起きたか、自分でもほんとうにわからない。 口の中から、溢れ出して来る言葉が聞こえる。 「『そんなつもりじゃなかった』じゃ、済まない事だってあるんだよ」 何を言い出すのか、意味なんて自分でも良くわかっていないんだ。 「あいつが、お前を、ほんとうに。好きだったって気持ちまで、見なかった事にするな」 だけど、僕は。 これだけは、僕は。 「そんなに簡単に……そんなに、簡単に。お前、不用意に人の心に入ろうとするな」 「ちょっと何だよそれ……」 その気が無いなら。覚悟が、無いなら。 気楽に、気楽に、 入り込もうと するな。 「あなたにそんな事言えた道理ですか」 「あなたは正しい存在ですか」 月夜の舗道。 男の言葉が、背後から追いかけて来る。 「あなたは、人の事をとやかく言えるような、そんなに、正しい、存在ですか」 電話を かけても もう誰も 誰も出ない ね。 だけど。 だけど、それでも。 ―――――鬼太郎、鬼太郎、どこ行くの。 そっちは淵だよ、森の外れの、深い深い鬱蒼とした、底無しの淵だよ。 落っこちると二度と上がれない。 ―――――友達に会いに行くんだよ。 いっしょに、行くかい。 ねこ娘は菫の首飾りを両手で頭上にかかげて、ゆっくりと、小首を傾げて、ひとつ、頷く。 深い淵だよ。 誰も近付けないような水ばかりの激しい、暗い暗い、静寂だよ。 でもきれいな所。 その言葉に頷くと、ねこ娘は、あ、なんだか嬉しそうな顔。と僕を指差して、自分の方がもっと嬉しそうな顔をしている。 世界中すべて君みたいだったらいいな ねぇ、友達って、そこに居るの?いつから、友達? 舌っ足らずの甘い声でコロコロと転がるように問いかけて来る。 そこに、居るよ。 最近知り合ったばかりの、新しい、誰も知らない、ともだちだ。 陽も当たらない 光も差し込まない 誰にも見えない そこの底で 「誰か居るの?何にも見えない」 「居るよ、そこに。そこの、そこの、そこの、そこに」 おまえはずっと 今も おどけた素振りで 笑顔が見たくて 両手両足を振り上げて 調子の外れた 歌声に合わせて 「見てるよ、ちゃんと。僕で良ければ」 楽しいね 愉快だね 「いつも見ていることは出来ないけど、時々なら。忘れないから」 楽しいね 嬉しいね いっしょに笑えるって 嬉しいね 「また来るから。ここに、居るから」 鬱蒼と木々の生い茂る、水音どうどうと流れ込む音ばかりの、静まり返った、ひと気の無い、鳥の声ひとつ響かない、 深く濃い碧の暗い暗い底無しの表面に、ぽちゃり、とひとつ、波紋が広がり、 波紋の隙間に、笑う目が。覗いたようで、手を振った。 そこに沈んだ携帯電話の、電話番号、教えてあげる。 |