4代目 運命の人 *4

 踊っていたんだね 踊っていたんだね 踊っていたんだね そこで
 お前の胸の 底のそこで
 誰も見つけやしなかった
 赤い川の水は蒸発し
 お前が踊った その場所を
 今や太陽が照らしている
 太陽が焼き尽くしてしまう

 だけど





 扉を閉める。歩き出す。電柱の陰から人影が走り寄って来る。
「……どうでしたか?」
 泣きそうなんだ。
「あいつは……」
 言いかけた言葉を、僕が差し出した携帯電話を見て止め、「あぁ」と今度は、喉の奥から大量の息に混ぜて、吐き出させたかのような声を漏らした。「あぁー……」長く引く。肩の力をがくりと抜いて、口の端は上がっている。
 笑顔なの。
「良かったぁ……」
「その電話は、あなたに預けますよ」
「何故ですか」
「もともと友達だった人の、遺品でしょう」
「遺品……そうなんですよね……遺品……」
 差し出している手の中を、口ごもって、見つめているだけだ。ヘラヘラ。笑って。ヘラヘラ。何だ結局同じだったんじゃないか、そうやってヘラヘラって、ヘラヘラと、
「……ぼくが受け取るのがスジってものですよねやっぱり」
 目を逸らしたくてたまらない表情だ。
「ちゃんと、お払いとかもしておかないと。あいつタタリとか起こしそうな」
「怖かっただけですか結局」
「当たり前です」
「どうして怖かったんですか」
「誰だって化物に祟られれば怖いですよ。あなたにはわかんないかも知れませんけど」
「悪い事したと思っているから怖かったんじゃないですか」
「止めて下さいよもう」
 男は溜め息を落として、首を振った。小刻みに頷きながら、僕の手の中のその携帯電話へ手を伸ばして来る。僕は引く。自分の胸の前で、ぎゅうと握り締める。
「なんで」
「悪い事したと思ってたのなら、素直にそう、告げれば良かったじゃないか、どうしてそう言ってやらなかったんだ」
「あなたに俺の、何がわかるって言うんです、少し位関わった程度であなたに」

 瞬間、
 僕の手が、男の横顔を殴り飛ばしている。

 自分でも想定していなかった行動。尻餅をついた男は殴られた顔に手を当てて、きょとんとして僕を見ている。手が痛い。じんじんと熱い。頭の中は真っ白で、サーサーという音の無い喧騒がぐるぐると回っているだけ。何が起きたか、自分でもほんとうにわからない。
 口の中から、溢れ出して来る言葉が聞こえる。
「『そんなつもりじゃなかった』じゃ、済まない事だってあるんだよ」
 何を言い出すのか、意味なんて自分でも良くわかっていないんだ。
「あいつが、お前を、ほんとうに。好きだったって気持ちまで、見なかった事にするな」
 だけど、僕は。
 これだけは、僕は。
「そんなに簡単に……そんなに、簡単に。お前、不用意に人の心に入ろうとするな」
「ちょっと何だよそれ……」
 その気が無いなら。覚悟が、無いなら。
 気楽に、気楽に、
 入り込もうと  するな。
「あなたにそんな事言えた道理ですか」


「あなたは正しい存在ですか」
 月夜の舗道。
 男の言葉が、背後から追いかけて来る。
「あなたは、人の事をとやかく言えるような、そんなに、正しい、存在ですか」










 電話を かけても
 もう誰も 誰も出ない  ね。
 だけど。
 だけど、それでも。


 ―――――鬼太郎、鬼太郎、どこ行くの。
 そっちは淵だよ、森の外れの、深い深い鬱蒼とした、底無しの淵だよ。
 落っこちると二度と上がれない。

 ―――――友達に会いに行くんだよ。
 いっしょに、行くかい。
 ねこ娘は菫の首飾りを両手で頭上にかかげて、ゆっくりと、小首を傾げて、ひとつ、頷く。


 深い淵だよ。
 誰も近付けないような水ばかりの激しい、暗い暗い、静寂だよ。
 でもきれいな所。
 その言葉に頷くと、ねこ娘は、あ、なんだか嬉しそうな顔。と僕を指差して、自分の方がもっと嬉しそうな顔をしている。
 世界中すべて君みたいだったらいいな
 ねぇ、友達って、そこに居るの?いつから、友達?
 舌っ足らずの甘い声でコロコロと転がるように問いかけて来る。
 そこに、居るよ。
 最近知り合ったばかりの、新しい、誰も知らない、ともだちだ。

 陽も当たらない
 光も差し込まない
 誰にも見えない そこの底で
「誰か居るの?何にも見えない」
「居るよ、そこに。そこの、そこの、そこの、そこに」
 おまえはずっと  今も
 おどけた素振りで
 笑顔が見たくて
 両手両足を振り上げて
 調子の外れた
 歌声に合わせて
「見てるよ、ちゃんと。僕で良ければ」
 楽しいね  愉快だね
「いつも見ていることは出来ないけど、時々なら。忘れないから」
 楽しいね  嬉しいね
 いっしょに笑えるって  嬉しいね
「また来るから。ここに、居るから」


 鬱蒼と木々の生い茂る、水音どうどうと流れ込む音ばかりの、静まり返った、ひと気の無い、鳥の声ひとつ響かない、
 深く濃い碧の暗い暗い底無しの表面に、ぽちゃり、とひとつ、波紋が広がり、
 波紋の隙間に、笑う目が。覗いたようで、手を振った。


 そこに沈んだ携帯電話の、電話番号、教えてあげる。







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