何度でも言ってよ
 また聞かせてよ
 使い古された言葉 でも 誰ももう言えなくなってしまった
 己の善悪に貫かれて生きている 君の あの言葉さ  はじまりだ

 サァ来イ  コノボクガ  相手ダァ!




 目が覚めたとき、自分の居るこの場所が何処なのかわからなくて、
 だから叫んで飛び起きた。驚いて、弾かれたように起き上がったんだ。
 何ここ、何だここ、ここは何処だ?
 こんな所に来た覚えは無い!
 オレ今何処に居る?一体この部屋は何なんだ?

 西洋風の高い壁、高い天井、小さな窓がひとつ付いていて、透ける向こうは真っ暗。どうやら今は、夜らしい。
 ふかふかと沈み込む柔らかい布団は、朱に金の唐草模様で一面に刺繍が施されている。珊瑚色のシーツに、繻子飾りの付いた枕。アーチを描いた真鍮製のベッド、頭と足の方の四隅に、赤子の頭ほどもある翡翠色の球体が乗せられている。
 床に散乱しているのは、食い散らかしの食べカス。コーラの缶の山、溶けて広がるチョコレート、骨付き肉、アイスの棒、折れたスプーン、アルミの袋・・・
 こんな場所、見覚えないぞ、来た記憶だって全然無い・・・・・・
 それに何だか、
 現実感が希薄で、目に映るもの全てが妙に、嘘っぽく、作り物めいている・・・・・・

「これ、夢か?」
 思わず口をついて出た。頭を掻きながら、目は半開き。不機嫌そのものの表情。

「これが夢だって?」

 その時突然声が響いた。突然すぎて、びっくりしたなんてもんじゃない。
 うわぁッと叫んで、布団の上で飛び上がる。耳の中に余韻が残るような、低く柔らかな少年の声だ。背後を振り返る。いつからそこに居た?何処から入って来た?
「おはよう。」
「うわッオレッ?!」
 また叫ぶ。オレとよく似た、オレと瓜二つの、いやオレ?オレ自身?少年が、いつのまにかベッドの真鍮にもたれていて、翡翠の球に頭を寄せてオレを見下ろしているんだ。
 口元には薄い笑み、有るか無しかの、まるで張り付いているような。オレと同じ隻眼で、オレと同じ縞模様の、黄と黒の、あれ、違う、黒と黄の?同じ顔、お前は誰、オレ?
「だ、誰だお前、どうして同じ顔なんだ?!」
「僕と君は違うよ、同じものだけどね。」
 知らないの?
 知らねぇよ。
「僕は君の面影だよ。でも君も僕の面影なんだ。僕達は、共に 続くもの さ。どっちも確かに存在するものだよ。一緒に居るのは有り得ない事だけどね。」
 穏やかな低い声で、でも良く聞き取れない柔らかい響きで、サラサラと流れるように訳の分からない事をオレの前のオレのそっくりさんは、言う。
 みんな知ってる。
 みんなって誰?
「ゆ・・・夢か現実かはっきりしろ!」
 一体全体なんだっていうんだ!
 混乱しているオレの表情を見ながら、そっくりさんは首を傾げて、
「君、やたらと叫ぶよね」
「さ、叫ばずにいられるかァ!」
「アハハ、その声。」
 嬉しそうに笑っていた。聞けたね、嬉しいね。
 何を笑ってやがんのか意味も全然わかんねぇ。

「この前、約束をしたんでしょう?今夜6時半、パーティーをしようって。」

 忘れちゃうなんて、やだなぁ。君、随分忙しかったんだね。
 のんびり呟きながら、そいつはベッドの脇から離れて、散らかり放題の床の上から、何かを見つけて、
 はい、とそろえて出す。オレの下駄。
 ・・・と思ったんだけど何だか妙に黄金質にけばけばしくって、明るすぎる蛍光灯の光の下、玉虫色の輝きが揺らめいている。鼻緒なんか漆黒のベルベット。こ・・・こんな下駄?
 足出して。戸惑う俺に下駄を履かせようとする。い、いいよ、やめろよ、自分でやるよ、
 て言うかおんなじ顔したヤツに世話焼かれたくねぇよ、凄い妙な気分だよ、

「パーティー?」

 引っかかったその単語が、思わず口から転がり出た。
 するとこいつは顔を上げて、オレの目をまっすぐに見上げ、
 なんだか楽しそうな口調で、静かに一言。
「君がやろうって言ったんだよ。今夜6時半、いつもの墓場で、皆と、パーティー。」

 皆の一番前に立っていた
 あの 君が そう言ったから。



                   

 さぁ行こうか 時間だよ
 言われるままに、導かれて、作り物めいた騒々しい色彩の部屋を出る。
 空は真っ暗。星ひとつ見えない澱んで閉塞した終末的な夜空。

 でも街は溢れんばかりの七色の輝きだ。人っ子一人いない廃墟のビル郡を下駄を鳴らして歩き抜ける。腐食した電飾がいくつも連なり夜空を覆う。切ないなんて思わない。ショートした断末魔がチリチリ震えて神経のようにそこら中にへばり付いている。辺りに満ちている終末の気配。人工的で喧騒的でどうしようもなくチープでゴージャスな輝きの国。でも悲しいなんて思わない。
「この空気の中に君は居るんだよね。」
 奴は、毒々しい色の棒付キャンディを口の周りにべとつかせ、祭見物でもしてるかのように辺りをきょろきょろ見回しながら、振り返りもせずにずんずん進んで言葉を続ける。
 雑踏に紛れてすぐに見えなくなりそうな細い背筋、なのに、ぼんやりと淡く発光しているような。こいつの不思議な存在感。確信犯的な何かにオレはゆるゆる引っ張られながら。
「終わりに向かって、加速していくのに、どんどんハイになる高揚感。ノンストップのカタストロフィジェットコースター。君もおんなじだ。あの頃 夕方 テレビの前で 子供はみんな待ってたよ。例えばこんなビルの向こうからスゥッと 現れる。やって来るヒーロー 待ってたよ。」
 いつかおわりがくることをしっていてだけどそれでもまいしゅう
「オレはもう過去でしかないんじゃないの」
(あれ、今、口が勝手に動いた。言わされた、って感じだった。何だ?)

「そんなこと言うの?」

 きみ ほんきで そうおもっているの?
「皆覚えているよ、忘れちゃいない。」

 ゆっくりと、オレのそっくりさんは振り返る。
 ネオンの電飾が瞳に反射して、血の色じみたけばけばしいショッキングピンク。作り物みたいなピンク色の瞳で、あ、玩具みたいで、なんか、
 すっごい  『夢みたいだ』。


「例え誰もが忘れちゃっても
 今日は土曜の6時半で
 君はいつでも そこに居るだろ
 忘れたよ って言われちゃっても
 それでも君は戦えるだろ
 オレが居るから世界は 素敵だ って 力の限りに肯定してた
 その目で その声で 揺るがないその意志で
 正しいか間違っているかなんて関係ない
 だから永遠なんだ ずっとはしゃいだまま 終わらないんだ
 土曜の夕方6時半。」


 勝手ナ真似ハ サセナイゾ! 悪イ妖怪ハ ユルサナイ!!


「ここは何処なんだ?」
 立ち止まり、問い掛ける。
 オレとそっくりのでも全然オレじゃない奴のその目の中に問い掛ける。
「今、何処に居るんだ?」
「東京だよ」

「1985年の 永遠の東京。」

 隻眼が、輝いた。

「さぁ あの墓場に 皆が集まって 君を待ってるよ
 (君の傍に居るあの最強の仲間達と)
 覚えているだろう?
 (あれからずっと 終わらない乱痴気騒ぎと)
 君がパーティーをしようって言い出すのを、ずっと待ってたものたちのこと
 (あの時 子供だった 全ての者達)

 もう皆 待ちくたびれてる」



 きみのそばで すごした こうふくなゆうぐれ
 あの日々
 あの時 子供だった 全ての者達
 
 テレビの前で はじまりを ずっと待ってた子供達が





「あ、そうだ。」

 思いついた、と言う様な素振りで、奴は手をぽん、と打つ。
「パーティーの前座に、余興をひとつ。」

 懐から出したのは、白っぽい象牙の質感のオカリナ笛だった。金細工の装飾が施されている繊細かつ豪華な造り。オレが申し訳なくなるような。
 唇を付けて、吹き鳴らす。聞いた事の無い旋律。すると風が吹いた。不意にゴッと音を立て、強風が巻き起こった。髪が騒ぐ、瞬間的に身構える。黄色と黒の縞模様、ちゃんちゃんこがはためいた。足元の、下駄二つ、小刻みに身震いし始めた。
「お前、何を呼んだ?!」
「さて、いつもみたいに、戦ってくれよ。」
 次の瞬間、オレの、髪の毛一本、ビリリと強く 逆立った。

 ひらりと跳ぶ 宙から 巨大な化け物。

 全身紫色のウロコに覆われて、ぞっくり剥き出した不揃いの鋭い牙。耳をつんざく奇声を上げて、ビルより大きい。象一頭分もある太い足が、瞬く間に建物の一棟を粉微塵に粉砕する。巨大な目をサーチライトのように光らせて、光線まで放つんだ。嘘だろ。
 アスファルトがガラガラとひび割れていく。その真っ只中で、オカリナ笛を胸の所で両手で抱え、呼び出した本人はげらげら、崩れた瓦礫の上で笑ってやがるんだ。
 降りしきるガラスの欠片。化け物の咆哮。フラッシュ アッパーなスピード 空を切る
「何だお前は?!こんなことをしてどうするつもりだ!」
「この化け物を倒してよ。」
「ってふざけるな―――――うわッ」
 ワクワクドキドキ さぁ始まるよ ショータイム
 ブラウン管の前に座り込んで、超ハイテンションのパーティーチューン騒ぎ出す
 目はもう釘付けで、息つく暇なく、手に汗握って、

「ほら君は、誰よりも高く跳ぶ。」
 化け物の目から放たれる怪光線が、体の脇を掠めて飛んだ。右、左、執拗に追ってくる。避け切るには限界がある。着地。一点を睨みつける。化け物が吠える。呼応するように崩れ落ちる雑居ビル。たわんでいとも簡単に。灰色のコンクリートの破片、鉄屑、煙のようにもうもうと立ち昇る灰燼、イライラしてくる。もう本当に、イライラしてくる。
 なんで全く、どいつもこいつも、訳のわからないことばかりで オレの前で、好き勝手な真似ばかり 一体ほんとに 何が起こって、何してんだか
「いい加減にしろ!」
 針になる毛先、発射される先端、届いても、まるで解さない。イライラする。ノーダメージかよイライラする。頭上に迫る巨大な足。跳躍。大地に穴を開けた轟音、またもや間単に踏み潰されたアスファルト、脆過ぎる。遠吠え。うるせぇ。耳に響く。頭の中がキンキンする。訳がわからなくて、勝手に現れて呼んで壊しまくって、何なんだおい何だ何だおまえは何だ
「お前等・・・」
 跳んで、上昇。強く睨み付けた先に光る、ギラギラデカいその不愉快な目。叩きつける。足が虚空に半円を描いて、貫いちまえ、音速で突き抜ける下駄、まばゆい光量をぶっ放すその真中にぶち当たって、物凄い悲鳴を上げた、目障りだ、
「好き放題しやがって・・・」
 手の中で、鋭く伸びるのは、笛の切っ先。
 高く。
 風のうなり。
 おびただしい数の電飾が足元で発光した。
 触れそうなくらい頭のすぐ先には月。
 満月が。

「消え失せろッ!」

 一閃。



 ポカンと開けっ放しのボクらの口に、熱狂をぶちこんでいった。
「ほら君の後ろで、皆が跳ねる。」



 瞬間、
 全てが嘘っぽく真っ白に、はじけ飛んだ。

 オレのそっくりさんの笑い声が響いてる。
 何だか異様に楽しそうに、そこら中を、はじけながらぐるぐると回ってる。
 アハハハハ、やっと見れたね 嬉しいね

 己の価値観に縛られ囚われ 完全に自由だ
 生きてる

 やっと見れたね 嬉しいね・・・
 僕は君に続いていくよ

 僕は君に続くものだよ・・・




                    



 目が覚めて、反射的に飛び起きて、多分「うわぁっ」て叫んだな。
 隣でゴロ寝して菓子をパクついていたネズミ男が「ぐぁッ!?」と叫んで、喉につまらせむせんでた。

 平凡で呑気な昼下がり。
 いつもの、自分の家。
 そして、見飽きるほどに見慣れた、相も変わらずここに居る、顔。

「ぐほぐほぐほ、茶、おぉありがてぇ茶ー」
「がっつくからだろ」
「ちげェよオメェがいきなり叫ぶからだろ、おー助かった、死ぬかと思ったぜあぢゃぢゃぢゃ」
「うるッさいな飲むかわめくかどっちかにしろ!」
「アヂィーよ茶、ヂグジョー」

 いつも通りで、お決まりで。騒々しくって、賑やかで。終わらないどんちゃん騒ぎの中に居るようなそんな、
 これがずっと続く?

「何の夢見てたのよ」
 オーバーな仕草で茶碗の中に息を吹き込みながら、ネズミ男が言う。
「ん、あぁ、・・・・・・夢?」
「お前、すげぇしかめっ面してたかと思えば、ポカーンとアホみてぇに口開けて、と思えばうわごと口走って手足バタつかせてみたり。何やってんだぁって。俺よっぽど起こそうかと思ったけどよぉ」
「けど、何だよ」
 妙な間を持たせて、
 ネズミ男はグビリ 喉を鳴らして、茶を含む。
「なんつかあんた、楽しそうだったからよ」
「あァ?・・・・・・楽しそう?」
「おう、踊ってるみてぇだったぞ」

 君がパーティーって言い出すのを
 今か今かと待っていたんだ
 あぁ そうだ
 お祭りだ。

 アンコールがエンドレスで盛り上がりっぱなしなんだ


「夢・・・見たぞ、いい夢見たぞ」
「あっそうやっぱり。あんたひとつも笑ってなかったけどな」
「あのさ、終わらないんだ、いつまでもずっと続くんだ」
「それ悪夢なんじゃねぇの」
「それがさ皆、多分ずっと心臓がドキドキしっぱなしで永遠にワクワクしていて絶頂に包まれてる状態っていうか」
 何一つ覚えていないけどそんな気になっちゃう夢を見たと
「オレが先頭で、多分、踊るんだよ、踊り続けるんだよ、それでネズミ男お前は」
「夢で興奮しちゃって、まぁ無邪気だねー」
「うるさい黙って聞けッ!とにかく、・・・・・・ずっと続くんだ、夢終わらないんだ」
 パーティーエンドレスダンスダンスダンス
 君が先頭で、ボクらも踊る。

「そんな夢を見たんだ。」

 ハーイハイ、ヨカッタネー
 呆れ返った半目使いで、白々しい声を上げてから、
 ネズミ男は茶碗に口を付け、茶碗の中にこぼすように、その、一言を。
「いい夢だと思ってたら、正夢になるんじゃねぇの」



 音楽鳴り続け
 先頭で踊る君に続け
 君が ボクらが あの夕方が はしゃぎっぱなしの終わらないパーティー。



 じゃあきっと正夢になるような
 そんな気もするね。












パ ー ティ ー チュ ー ン