東京都電波外 (松岡と戸田/二胡)




 なんだこれ、って客観視できるくらい、後から後から溢れてきて、ぼろぼろと。
 なんだか世界中のすべてに謝りたい、ごめんなさい消え去りたいってくらいにぼろぼろと。がんがんがんがん泣きわめいていたらノックが鳴った。
 結構乱暴な音でだんだんだん!ノックの音が鳴り響いた。
 深夜。夜中。尋ねてくるのは面倒ごとを持ってくる良からぬ輩か、丑三つ時の妖怪ぐらいだ。
 涙止まらぬダメな子を夜中迎えにくるんだよ。
 なんだよ。誰ですか。嗚咽のあとを引きずった実にみっともない声で、僕は扉に向かってそう呼びかける。扉の向こうに居るだろう、ノックの主に呼びかける。どちらさまですか僕はだれもすくえない正義の味方なんですが。
 そんな僕に何の用?
「名乗るほどのもんじゃないが、俺は正義の味方だ」
 僕とそう歳も変わらないだろう、少年の声が、そう帰ってきた。
「正義の味方が正義の味方を、助けに救いにやって来た」

「なに言ってんですかはぁ?」あ、相手してしまった。「よくわかんないですけど呼んだ覚えは無いです帰って下さい」
 扉の向こうの‘正義の味方’は、「なんだとう」と声を荒げる。逆切れだよ、分かりやすいヒーローだな。
「‘俺に続くもの’がそんなだから、心配して来てやったんじゃないかおい。なんだその心の無い返答、お前それでも俺と同じヒーローか、あったまくんなあ説教してやるだから中に入れろ。寒い」
「夜中だからって寝ぼけた事言ってんじゃないですよ何なんですかあんた。誰?帰って下さいよ、僕ぁ今頭の悩める人を救える状態じゃないんです」
 救って欲しいくらいですよ。
 でもあんたじゃないよ。
「いいから泣かせて下さいよ。それともこう言いたいんですか、‘正義の味方’は、泣くことは許されない」
 そんな暇があったらさっさと誰かを救いなさい
 救いなさい
 永遠に

 涙で顔がふやけてきた。いや腫れてるのかな、ぱんぱんだ。視界に飛び込んでくるものすべて、ぼやけて歪んだおかしなかたち。
 そんな中またしても、だんだんだん!とノックの音。ノックじゃないよもう騒音だよ。まだ帰ってなかったのかよ。僕は頭を抱え込む。
 お前なんかと付き合ってる場合じゃないんだよ。頼むからもう消えてくれ。
「なんつうこと言うんだコラ」聞こえる声がか細く響いた。「おまえ、お、おま、なんつうことをおまえ、ひどいおばばにもそんな風に言われた事ないのに」
 あぁ?
「おい、ちょっ、な泣け、泣けてきちまったぞちくしょう、どうすんだばかやろう、ちょっ、どうしよう」
 どうしようどうしよう、そう言いながら、声がだんだんうわずって来て、終いには嗚咽のようなかすかなしゃっくりが連続で聞こえてきて、って言うか、その、あぁっ??
「ど、どうし」
「どうしようじゃないよちょっと!ねえあんた?!泣いてるのなに何しに来たんだあんた!」
 正義の味方 が泣いてちゃ仕様が無いだろうが!
「おおおおま、おまえにいわれたく、いわれたく、な、ずっと部屋の中で膝抱えてぐずぐずと」
「今のあんたにそれ言われたくないよ!いい加減にしてくれよ泣きたいのは僕の方だよ!」
 何しに来たんだ、正義の味方。
 いつだって、どんな時だって、
 助けに救いにやって来るのが、仕事だろう!

 扉越しにお互い、口汚く罵り合いながら、わんわんわんと泣きわめく。子供みたいだ。
‘正義の味方’に憧れてる、まるで子供みたいだ。

「ねえあんた」
 再び声をかけたのは僕の方だった。
「まだあんた、こう思ってるの、助けたい、って」
 救いたい、って。
 せいぎのみかたに なりたいと。
「当たり前だ」
 しつこく嗚咽の絡まっている、だけどはっきりとした強さで、扉の向こうの相手は言い切る。
「俺とおんなじものに、いつまでもそうべそべそしてもらっててたまるか」
 目障りなんだよ、毒づかれる。鼻をすすり上げながらそんなこと言われたくないよ。
「それにだな」続けながら、扉の向こうで、すっくと立ち上がった気配があった。足を踏み締める音が響く。声を張る、
「俺は‘正義の味方’なんだ。救われたがって泣いてるやつを、救わなければ帰れない!」
 指差ししている姿が見えるようだった。扉越しに。何でか。

「わかった」
 あきれた。
「入って来なよ、開けるから」
 感動した。
 僕は顔をごしごしとこすりながら、そう告げる。どうにでもしろ、っていう感じだ。腹をくくった。興味があった。
 ところがどうしたことか、扉は開かないんだ。二人で内から外から、どんなに力を込めてもびくとも動かない。「お前泣きすぎで水溜まって水圧かなんかかかってんじゃないかこれ」バカ野郎あんた僕をなんだと思ってるんだ。
「おかしいな、鍵ならすでに開けてるんだ、ちょっといいか、君、呼吸を合わせてもう一回、せーので合わせてみようよ、いいか、呼吸だよ、はい、せーの」
 ぴくりともしない。
「おい、ちょっと、……せーの、」
 気配が無い。
 扉の向こうに気配が無い。
「おい、あんた……」
 せいぎの、みかた……

「ふざけんな!」
 叫ぶ。
 涙が出てくる。
「今更放り出すとはね!やってくれたよ!流石、‘正義の味方’!」
 信じたところで最終回!
「おいコラ勝手に完結させてんじゃねえ!」間髪入れずに声が轟く。振り返るとそこには。
 明り取りの小窓が爆音とともに粉砕されていて、
 僕とよく似た水色のオカリナソード。
 僕とよく似た顔の、ふわっふわの猫毛の、
 ぶっさいくな泣き腫らし顔が、
 見参。なにが見参だよ。「助けに来たぞ!」人んち壊しといて何が助けだよヒーロー。
 泣く通り越して大笑いだよ、ヒーロー。



「で、何をどうやって助けようとしてたんだい」
「うるせえな、それをこれから考えるんだよこのヤロー」
「人に向かってこのヤローとは失礼じゃないかこのヤロー」
「お前も言ってんじゃないかこのヤロー」




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(元ネタ)ラフ・メイカー/BUMP OF CHICKEN(すみません)