爪を立て歯を立て命を絶て (悪魔くん千年王国・カエル男と佐藤/サトル)
「日本蜜蜂と西洋蜜蜂の差異をお前は知っているか」
「……サァ、存じません。昆虫学はぼくの専門ではないもので」
「雀蜂の食物は蜜蜂の幼虫だ。だが西洋蜜蜂は元来雀蜂の存在しない地域で生息していた故に、雀蜂に対する対抗手段を持たない」
「はあ」
「そして日本蜜蜂は雀蜂と生息地域を同じくし、故に天敵として戦うすべを身につけた蜜蜂なのだ」
「……あなたがなにを言いたいのかは解りました。して、その日本蜜蜂とやらはいかなる手段で雀蜂に対抗するのです?」
「摂氏4度の差だ」
「4度?」
「雀蜂が致死にいたる温度は約46度。対して日本蜜蜂の致死温度は約50度だ。これがなにを意味するか、おまえは解るか?」
「…………いえ」
「日本蜜蜂は雀蜂に群がって、摩擦熱によって相手を殺すのだ。たった4度だけ敵よりも耐えられる、それだけを武器に」
「…はは、畜生のかなしさですね。その熱が一歩、いや半歩の誤りで己を殺すとわかっていないのでしょう」
「ところが戦い終わってなお生きる蜂もいるのだ。己の死の際を見極めなければ皆死ぬような、微細な温度差の中でな」
「そんな……、いややめましょう。今更ぼくの常識を語ったとてしょうがない、それをぼくは知っています」
「……すべてメシヤが仰っていたうけうりだがな。メシヤ曰く、あの方と人間たちとの差異は日本蜜蜂と西洋蜜蜂のそれと同じ僅かなものなのだそうだ」
「同じもの、といいましたね。なにが同じなのです?4度の差に賭けて敵を殺す力の有無ですか、それとも4度の差をもって敵を殺す智恵の有無?……死んでもなお残酷な方だ。ぼくはその差をいまだ越えられずに、こうして半身を雀蜂に食われて息も絶え絶えだというのに」
「ばかなことを言うな。あの方が仰る僅かな差異がどれだけわれらにとって遠いのか、知らないつもりはない。だからこそメシヤの復活を、おれは望んでいるのだ」
「同じものといいましたね、メシヤとわれらとの差異は日本蜜蜂と西洋蜜蜂のそれと同じものだと。ならば我らはどれだけ近しくなろうとしても、永遠に日本蜜蜂にはなれないではない西洋蜜蜂だ。いつかメシヤが復活して再び千年王国を築かんとしたとき、その差異が年月をもってなお埋まらないでいたことに……絶望されるのでしょうか」
「ばかなことを言うな。そんなもの、永遠に埋まるものか。メシヤはとっくに、ご存知だ」
「…………そうでしたね。ご存知でいてなお、あの方は」
エロイムエッサイム
われはもとめ
うったえたり
もとめ
うったえたり
「われらに千年の王国を、と」