女の子は男の子に食べられて目覚めるの(三部・天童ユメコ/サトル)




「ユメコちゃんは大きくなったら何になりたい?」という声に、ユメコは頭の中でこね回していた片恋の男へ今日はどんな口実を作って会いに行こうかという思案をやむなく打ち切った。

上等のチョコレートのような色と艶の髪をふわりと揺らめかせながら若干後方を歩む級友の少年へと振り返る。くるりと反り返った長い睫毛が数度瞬くと、鉱石に似て光の粒を閉じ込めたきらきらとした瞳の中に一瞬『脈絡なく突飛な質問飛ばしてくんじゃねえダボが会話はキャッチボールなんだよいきなり大暴投じゃねえかこれだから脳みそと口が直結したガキはいやなんだよ』という、未だ齢11の少女にこれらを述べる語彙がないのが幸いした険がちらりとよぎった。

しかしユメコはその険をさらりと押し隠して桜色の唇の両端を持ち上げ笑顔のそれに極めて似た形に撓めて見せることに成功した。少年が日焼けした頬を染め、もごもごと言い淀みながら視線を逸らすのにユメコは今度は偽りではない笑みを重ねて唇に乗せる。もちろん静かに、撓めた唇はそのまま動かないように。

成功した、とはいうが彼女にとってそれは朝飯前だ。彼女は美しい。絹糸の髪、雪を磨いた肌、星の瞳、水蜜桃の唇。それらを持って生まれた彼女は3年ほど生きた頃には既にその美しさを自覚していた。美しいという事はそれだけでひとつ人の心を捉える。そして捉えられたその心をそこからどう傾けるのかは本人次第であることを、なぜ白雪姫が幸せになったのかを、彼女は学んでいたのだ。
白雪姫が森でりんごを食べたとて、小人が彼女を弔わなければ王子は姫を見つけなかった。小人が姫の心根をも愛さなければ、恐らく姫が死んだとて森に穴を掘ってごみのように埋めるのがせいぜい、いやそもそも姫を自宅においておこうとも思わずただ美しいからだを無駄に朽ちさせた可能性だって大いにある。

美しい容姿に加えて美しい心根…少なくとも周囲全てが美しいと認識する…が加わればそれはユメコ自身を守る鎧になり、道を切り拓く武器になる、というのはユメコの持論だ。
例えば男の心に入り込むことも、より多くの男に運命を錯覚させることも。
『この女こそ俺の運命の女であるのだ』という錯覚を。つまりはそういうことだ。

(ならば私は全ての男の運命になりたい。全ての男をこの手に捕らえて私はゆっくりと、そして必ずあの人を選び出す。人と妖の境など打ち壊すような運命に、私は)


そこまで考えたところで再びユメコの思案は打ち切られることとなった。少年は未だ赤い頬をごしごしと乱暴に手で擦ってからユメコに質問の続きを投げ掛けたのだ。

「今日の宿題、作文だろ。『将来の夢』。俺な、パイロットにもなりたいし野球選手もいいんだ。あとなんかの博士とかさ、あと、社長!…き、決められなくって」
ユメコちゃんは何になりたい?と続くその言葉に、ユメコはランドセルを背負った薄く華奢な肩を解らない様に竦めてから小さく小首を傾げた。さらりと絹の髪が揺れ、零れた一筋が白い頬に掛かる。笑みの形のまま動かないユメコの唇のなかで『全部無理よ尻穴野郎、でも夢見るだけならタダだもの。それにしても発想がほんと中流ね』という趣旨の言葉が捏ね回されて、そしてそのままこくりと飲み込まれた。思わず嚥下の形に動いた喉にユメコは自らの未熟に顰めそうになる眉間を叱咤しながら白磁の頬を薄赤く染め、柔らかく微笑んだ。


「すきなひとの、お嫁さんかな」