下膨れに死も吹く (三平と死神)/二胡




ばりっ、と剥がれ落ちるような、空気の固まって吸い込みにくい真夜中、
ふと目をあけると死神が、布団の上にまたがってじっとぼくを見下ろしている。
「なあおまえ」
闇の中身じろぎもせず、じっと、石のようなまなざしだ、いつからそこにいたんだ
「死ぬ気は無いか」
当分の所無い、と答えたにも関わらず、やつは、首をただ真っ直ぐにこちらに折ったままぎょろりとした光の無い目で尚の事、
「いつ死ぬんだ」
聞いてくる。闇は平面で、かすかな光すら差込もしないから、まるで壁だ。壁が目の前に立ち塞がっている様な気がして来る。壁だ 息が吸えない
眠るから帰れと言ったら、言葉も無く、のっそりと立ち上がって暗い向こうに吸い込まれるようにして遠ざかった。尻を掻く動作だけがいつもの白昼のそれと同じだった。
いつ死ぬんだ
死なねえかなあ
死なねえかなあ


朝、登校時、
地蔵様3体分ほどの距離を保って、ついて来る。
いくらくっついてたってそう簡単にくたばる予定はねえんだぜ 言ってみたところで、
岩のようにガチガチと開く口元を、マントで覆ったまま静まり返っている。
だんまりこんだ奥の目が、しんとぼくの顔を覗いていて、まるで底無しだ、足首をつかまれ土中に引きずり込まれる感触を振り払い、早足になる。息苦しい。草ずれの音が響かない。鳥の声がしない。

死神が鉄棒のところで遊んでいた女子を泣かせた。
ぼくは血相を変えて怒鳴りつける。「馬鹿っ、生きてる子を無理矢理連れて行くんじゃない」
「おれは黙って見てただけだよ」べたりと砂の上にへたり込んでわんわんと泣きわめく女子を見下ろしながら、「おれは黙って、見ていただけだよ」
先生が、校長先生を連れて、青い顔をして走って来る。
砂の上にわんわんと、広がっていく泣き声、恐怖、黒く変色していく小便の染みと湯気。
校長先生がぼくに言う。「三平君」「三平君、君はね、ほんとに いつも」
「学校に死神を連れてきてはいけません」

わんわんと
空の下
いつ死ぬんだ
死にたかねえよ
なんでいやなんだ

なんで死ぬのはいやなんだ



次の日、畑で、死神にスイカをふるまう。
うめえか あぁうめえ ぼくが作ったんだ おうたいしたもんだな
顔中汁だらけにしてがつがつとむさぼってくれるもんだから、少し嬉しくなった。
「うめえか」「あぁうめえよ」「ほんとだ、うめえな」「うめえって言ってるだろうにまったく」
「三平、おまえ少ししつこいぞ」
「死んだら、スイカも食えなくなるだろ」

「いいや、食えねえこともねえぞ」
「味は、同じか?今生きてるぼくが今食ってるこのスイカと、まったく違わず、おんなじ味が、死んだぼくの口ん中でも味わえるのか?」
「それは、おれ、死人じゃないから、わからんけどな」
「そうだろ」

しゃくり。と噛み切る。あふれ出す、赤いべとべとした汁。
手を汚す。喉を通る。風が吹いて、冷たさを覚える。

「だからぼくはまだ、死にたくねえんだよ」

「へえ」
「そういう理由だ」
「へえぇ」
人をばかにしたような喉のうならせで、
死神は聞いてるのか聞いてないのか、わからんような相槌を打った。
あとはしゃりしゃりとスイカを食む音だけが畑のど真ん中、鳴り響いている。
空が高くなっている。

風が冷たくなっていく。