君が笑うならね、何でもするよ(四部ねずみ・陰摩羅鬼/サトル)




やあ久しぶり、また来たよ。
いいところだねェ小百合ちゃん、まだ緑が残ってて。
そろそろ暑いが風は充分通る、夏にゃ少々ヤブ蚊がきついが、蚊取り線香燻した蚊帳で団扇片手に浅く寝るってぇのも、それはそれで気持ちがよかろうよ。そうだ、簾があればもっといい。簾をすかした竹の香りが少し涼やかで、きっと蛍の光も少し違って見えるだろう。

きみの洗った新しい浴衣は少々肌に固かったがぱりっと効いた糊が気持ちよかった。俺の隣で小百合ちゃんも浴衣を着ればいいな、見るだけで夏の匂いがするようなぱりっとした浴衣を着せてあげたかったな、名前の通り百合色の白い、白い浴衣。ああでも小百合ちゃん、白地に紺で百合を染め抜いたらうっかり菖蒲に見えちまうかな、でもいいよな、小百合ちゃんは白だ。雪の、雲の、いいややっぱり百合の白だ。

足元はもちろん下駄だ、黒い漆で上等にこしらえた赤い鼻緒の女下駄をからころからころ、うん、きっと鬼太郎の野郎が立てる不吉な足音なんざ及びもつかない可愛い可愛い下駄の音。
百合の団扇で口元隠してきみはにっこり笑うだろう、どこか謝ってるみたいな申し訳なさそうな微笑みで。

ああ俺の嫁さんは三国一だ、美人じゃねえが可愛くて、気立てがよくて料理も美味い。小百合ちゃん、小百合ちゃん、気立てが良くて料理がうまくて、ホラが生業の俺に似合いの大嘘吐きの俺の嫁さん。
謝りながら消えていった大嘘吐きの可愛い嫁さん。

浴衣着せてやりたかったなぁ、百合の団扇持たせたかったなぁ、下駄を履かせて歩かせたかったなぁ、隣でからころ、聞きたかったなぁ。

白い浴衣は百合の色、紺で一輪染め抜いた、百合も叶わぬたおやかさ。
黒塗りの下駄でからころからころ、風鈴みたいな足音で、謝るみたいな微笑浮かべ。

小百合ちゃん、小百合ちゃん、大嘘吐きの小百合ちゃん。
短い短い北の夏より短い時間、寒くなくてひもじくなくて潜る扉と待ってる誰かを俺はしっかり持っていて、きみのくれた嘘の世界を俺は恐らく愛していたよ。

だからきみが笑うなら何でも出来たはずなんだ。
出来ると思ったんだ。
したかったのに。



騒がせてごめんな、小百合ちゃん。
嫌じゃなけりゃ、また来るよ。
土産はあいにく無駄話くらいだが、そこは勘弁しておくれね。