出張会議だ何やかやと、しばらく姿を見ていなかった父親が、不意に土産だ何だのと帰って来た。
「一郎、一郎、近頃は、コーヒーシロップというものもあるらしいんだぞ」


 何ですか帰ってくるなりそんな事、どうしたっていうんです?
「コーヒーと明記されとるし物凄い色だが、シロップと謳っているからには、まあ甘いんだろうな。食えんこともないだろうよ」
 何のことです?
「かけてみろ。コーヒー氷だぞ。氷コーヒーかな。それじゃあアイスコーヒーと同じだよなぁ」
 ……誰に聞いたんです。
「試してみなさい。父さんも頂くから。まったく毎日こう暑いんじゃ、やりきれんな」

 わずかにそっと開いた扉の陰で、
 一番上に佐藤。口をパクパクさせて、何か小声で(メシア、おやりなさい、やるのです今ですさあ、坊ちゃま!)握り拳掲げて鼻息荒くそわそわそわそわ落ち着きなく、
 真ん中に蛙男。唇ぐっと噛み締めて、何を感極まっているのかハラハラハラハラ両目から(メシアメシア私はいつも見守っておりますぞメシアの幸せは私の幸せなんでございますぞ)眼鏡曇って見えないだろう、外せよ。
 この仲良しコンビ共が。一番下に僕に近寄れない占い杖。蛙男にはっしと掴まれ、入って来れない入って行きたいじたばたじたばた。トーテムポールかお前ら。
 後で覚えてろよ。
「……物凄い色をしているなぁ。真っ黒だな。本当に食べられるんだろうなぁこれは」
 自分で買ってきておいてその言い方は無いだろ親父。

 苦いものを想像していたのに
 しゃくりと音たて、口の中に広がるその味は。
「……うん、まぁ、悪くは無いな。思ってたよりも存外いけるもんだなぁ。見た目は悪いがな」
 並んで腰掛けて。いらぬ熱視線を背中に受けて。呑気な口調でのんびりと、人の心中察しろよ、
「苦かったらどうしようかと、内心不安に思っていたんだよ。でもこれ溶けたらアイスコーヒーだな。どうだ、食ってるか」
 なんなんだよほんとに全く。全く、全くなぁ、

「どうだ、旨いか」
 よわっちゃうなぁ。
「一郎。」
「甘いですよ、これ」
 よわっちゃうなぁ。
「おとうさん。」




「甘いのは嫌いなんですよ」
「いいんだよ」
「いいこたぁないですよ」