ぼくが世界じゅうでいちばんすきなのはね、ぼくとコブタで、あなたに会いにいくんです。そうすると、あなたが『なにか少しどう?』って言って、ぼくが『ぼく、少したべてもかまわない。コブタ、きみは?』って言って、外は歌がうたいたくなるようなお天気で、鳥がないてるっていうのが、ぼく、いちばんすきです。
(A・A・ミルン  プー横丁に建った家)




 おじいちゃん、ぼく今日公園でね、悪魔の子に会ったの。
 ぼくとおんなじ年恰好の、背丈もそっくり、黒い格好の、悪魔の子だよ。公園に立ってた。
 あの子はおじいちゃんのなしとげた「世界の偉業」のひみつのこと、しってるみたい。
 埋れ木家いちぞくもんがいふしゅつのひみつなのにね。どうしてかって、聞いたらね、
 悪魔の王子様だからさ、って、言うの。得意そうにね、へへへ、って
 魔界のプリンスだからさ。へへへ、って。

 公園でね、公園なのに、誰とも遊んでなかったの。
 ひとりぼっちで立ってたの。ぽつんとお昼の光の下に。
 なにしてるの?って声をかけたら、よぉ、ってびっくりしたような声をあげたよ。びっくりした声をあげたくせに、知ってたようなくちぶりで、「やっぱり血だなぁ」って。
 気付きはしないだろうって顔のくせに、ずっとぼくのこと見てたんだ。だからぼくは気付いたから声をかけたのに、それなのに驚いた振りをして、笑った。気付くの待ってて、笑った。
 きみなにしているの あそばないの?  おまえなぁ一言言っておいてやるがなぁ、知らない奴に、簡単に、声なんて掛けちゃ、あぶないんだぜ。
 怖いんだぜ。ほーら。白昼ぽつりと、影が立ってる。黒い影が遊ぶお前のこと、黙って見てる。悪魔が子供を狙ってる。
 怖くないんだよ。ぼくがそう応えるのも、あの子やっぱり、知ってたみたいだった。もうこの世界では、悪魔なんて、怖くないんだ。おじいちゃんが、そうしてくれた。
 誰もが平等で全人類が幸せに生きられる世界を。
 あの子は黙って、そうだったな、頷いた。
 真っ黒なマント、真っ黒な帽子、帽子目深に、じっと見ていた。

 やっぱり血だよな。気づくんだもんな。
 姿隠していても見えるなんてな。似ているなぁ。
 遊ばないの? 遊ばねえよ。 遊ぼうよ。 遊んじゃやらねえよ。
 悪魔は怖い こわいんだぜ。
 ちがうよおじいちゃんちがうって言った。悪魔は、大事な友達さ、って。
 おじいちゃんがいだいなしごとを、ぼくにはよくわかんないんだけどこの世界のためのだいじなしごとを、やり遂げることができたのは悪魔がそばに居てくれたからなんだって
 いつも言ってた。だから怖くないんだって とても だいじな ともだちだったんだって
 次の瞬間悪魔の子、風をおこしたの。ぶしゅうう、立っている地面の足元から、突然真っ黒広がって、背中から渦巻く黒雲伸びた。ごおおと突風細い稲光、遊んでた他の子供たちびっくりしてきゃーっと言った。ほっぺ切るよな風だった。こわい顔。魔界の王子様こわい顔。ぼくをじっと見つめてる。血の気のうせた悪魔の瞳でじっと見つめてる。
 こわいんだよ。
 こわくないよ。ぼく泣くのをこらえてた。こわいよ、ぼくこわいのこらえてた。
 こわいって言え。こわいくせによ。け、にんげんの、くそがき。
 こわくないよ。こわくないよ。べそかくのがまんしてこらえてた。こわいって言っちゃ、ぼくのせいで、おじいちゃんのいだいなしごとが、うそになる。
 だいじなともだち、おじいちゃんの、だいじな悪魔の友達に、しつれいだ。

 遊ばないの? 遊ばねえよ。 遊ぼうよ。 遊んじゃやらねえよ、もう。
(エロ イム エッサ イム 我は 求め 訴え たり)
 もう遊んじゃやらねえんだよ。 どうして?
(出でよ 第一使徒 メフィスト 2世!)
 悪魔は、こわいだろ。
 こわくなくちゃ、いけないんだよ。
 首振るぼくに、悪魔の子、きびしいような、やさしいような、壊れたような、そんな顔して、しょうがねえなぁ、
(しょうがねえなぁ、悪魔くん は!)
「怖い部分を、引き受けたんだよ」

 ばんにんが しあわせになる かなしみもおそれも ない せかい
 この世界は、完璧なんだぜ。あの悪魔の子はそう言って、誇らしそうに胸をそらしたよ。
 誰がつくったと思ってんだ、ほら言ってみろ。 おじいちゃん、ぼくのおじいちゃん。 そうだ。そうだろ。他でもない、お前の、おじいちゃんだ。
 だからこの世界は完璧だ。はけ口もひずみも不協和音も無い
 オレが持ってっちまうからな。得意そうににんまり笑った。あの子の後ろの黒い影、急にぱっくり、大きく口を開いたみたいに見えた。
 あたまを撫でたよ。ぼくと歳も変わらないおんなじ背丈の大きさの手で。大人みたいに、あたまを撫でたよ。その手がひび割れて見えたよ。ぼろぼろと見えたんだよ。笑ってたよ。泣いてるようにも見えたよ。ぼくのこと見てたよ。黙ってまっすぐにじっと、じぃっと、見てたよ。何を見てたのかわからないよ。
(われは もとめ うったえ たり! このちじょうに えいえんの らくえんの きたりし こと を!)
 だから、もう、遊ばねえ。もう、二度と、二度と、遊ばねえぜ。
「悪魔くん」
 あの子、ぼくを、そう呼んだ。
「ほんとに、似てるなぁ」
 悪魔の王子様、ぼくのこと見て、悪魔くんって、そう呼んだよ。


 それからふぃっと背を向けて、ぼくが呼び止めるひまもなく、ぐるりと後ろの真っ暗闇の中へ、入って行っちゃったよ。
 あ、っていう間もなく、暗闇はつるりとあの子を飲み込んで、その口、閉じた。あとにはなんにも残ってなかった。
 お砂場とすべりだいと向こうに、ベンチ。
 なんでもない毎日の、いつものおんなじの風景。
 きゃーってみんな、あははって、楽しそうに笑ってる。
 影なんてもうどこにもない。
 でもぼくね、

 あの子のね、あの子のね、あの子が あんなふうに笑ってる世界なのならば。
 そんな世界は すくえないのかな そんなふうに、思ったんだ。



 ぼくがそう言うと、おじいちゃんは、見たこともない子供みたいな顔で、大声で、泣いたんだ。









百目はどこへ行ったのか!っていう