Jack-o’-lantern

 オレンジ色の 灯をともす
 目に見えない 光が揺れる

 昔話に よりますと、
 悪魔に灯をもらうのはカボチャ、お菓子をもらうのは、こどもたち。





 そして夜になりました。夜になると、町はいっそうきれいで、
 白と黒とオレンジ色とで統一される。
 フィルターをかける。
 見えていたものこそ見えない。
 奇妙な人々のパレード。
 お菓子をおくれ お菓子をおくれ 逃げなくちゃ
 ラメとお砂糖をきらきらまぶした濃い闇が、通りの奥から甘い匂いで、ずるずる滑って迫ってくるから、逃げなくちゃ。
 かわいそうに、怖いのです。
 灯を失くすと、夜にはなんにも見えないのです。

 お菓子をおくれ
 いたずらするもん。
 レンガの壁の向こうから、いやに目をぴかぴかさせた子供が、こちらへ向かって声をかけてきました。
 冷汗流して首を振ります。私は何にも持っちゃいません
 嘘だ嘘だ嘘だもん おまえはいいもの、持ってるもん。
 そう一番いいもの、今日という日に一番とびきりの!
 可愛い声は次第に大きくなり、次の瞬間ポーン!と弾け、その目々、体中、びっしりと100にも連なるなんと百目、光が、光が光線が!
 とびきりおくれ 上等の みんなが持ってない 特別のそれ
 お菓子をくれなきゃいたずらするもん
 お菓子くれないなら いたずらするもん!

 今宵は月夜だ いい塩梅に 浮かれた闇夜で やんすねえ。
 屋根の上の黒猫、ニヤニヤ笑いで、話しかけてきます。
 だのにあんたァ どうしてびくびく、こけつまろびつ走り逃げては いなさるんで?
 今夜という夜は特別 特別な夜です だから逃げるしかないのです。
 あっしは高みの見物 ヒヒ、何処まで逃げ切れるでやんしょうねえ あんたのそいつは、特別だ。みんながお菓子を狙ってる、お化けはあんたを探してる、くわばらくわばら、ヨイショと、逃げろォ!
 高笑いと共に黒い翼、蝙蝠の羽。月の光に口まで裂けた笑顔、ぞっくり残して、猫は消えた。煙のようにひゅるりと消えた。

 キィキィ キィキィ 耳障りな
 さっきから両耳に、耳鳴りが あぁいやな音が まるで子鬼の鳴く声が
 アイシングシュガーカッソナァド、ジンジャー、シナモン、マラスキィノ、そして仕上げに、ライム・ジュース・コーディアル!
 さぁできた!完成だ!さっきよりずっと!おいしそう!
 小鬼の声です。子鬼がキィキィ歌いながら、ぴょんと肩から飛び降ります。二匹のちんまり赤鬼青鬼。
 お砂糖に!スパイスに!その他色んなおいしいもの!そんなもので!仕上げたの!
 さぁちょうだい!ぼくらにちょうだい!それが今夜の一等賞だ!
 キィキィ叫んで牙をむき出し。ぴょんと飛び上がる悲鳴を上げるあわや、その間際。
 どしーん、ぱおーん、地面が揺れる。紫色の街燈の奥から、どしーん、ぱおーん、地響きが、こちらへ向かって
 お菓子だぞう お菓子だぞう お菓子くれなきゃ いたずらだぞう
 お菓子だぞう さっきよりずっと おいしそう そのお菓子くれなきゃ いたずらするぞう!
 まばゆく輝く象牙、金色の鼻、象の姿をした巨人が こちらへ向かってさぁ大変!
 逃げなくちゃ 逃げなくちゃ 明かりのない暗闇 どこまでも逃げなくちゃ
 だって失くしてしまった 灯す灯火 失くしてしまった。

「我らは子供ではないからの」
「はしゃぐ奴らを、眺め見るのも、また一興」
「今日という夜には」
「あぁまったく、今日という夜には」
「菓子でなく、酒であるなら別だがな」
「菓子だの酒だの、お前さんも奴らと全く、変わらんな」
「口が達者だの、今日という夜には。なぁ、青い狐火。お前さんの灯火を、ひとつ貸してやったらどうじゃのう」
「それでは不道理。私の火では、彼の灯火灯せまい」

 夜空では甲高く鳴き歌う鳥。
 逃げ惑う獲物を見つけて急降下。ケラケラと降り注ぐ、ピンクハリケーン、ノクターン。ハーピー。
 お菓子ちょうだい、その甘いの。そいつが特別。あたしの獲物。
 そいつで今夜はあたしが一番!誰にもあげない、あたしのよ!
 地べたに這いつくばって息も絶え絶えです。逃げて彷徨ってさてここは何処なのかいつになったら終わるのか
 終わる事ない
 果ての知れない闇夜
 永遠に彷徨うがいいと
 さてなんの罰?
 今日は何の日?
 お化けが 町中に あふれる日だよ。
 石畳を滑るように、足音こつこつと、また別の子供の声です。
 幽霊、悪魔、コウモリ、黒猫、ゴブリン、バンシー、怖いもの、呪われたもの、夜の中でしか生きられないもの達の。
 そしてジャックランターン。
 カボチャ。
 よく見るととんがり帽子にパイプ。きょろりとした目の、子供です。普通の子供が話しかけてきました。
 火を、貸そうか。
 ぼくのパイプのさ。君うまく走れないんだろ。
 明かりが無くって
 灯せないんだろ
 結構だ、結構です、お気持ちとてもありがたいが、しかし、しかし。優しさ暖かさに触れてはじめて涙を流しました。しかし駄目なのです。私の火は
 石炭でなければ駄目なのです そうあの時に投げやってもらった
 それでなくば 私の火は 私の灯火は 闇夜を照らす その光には
 そうなの、残念。子供は残念そうです。残念、可哀想だったからさ、灯火失くして彷徨うだけの
 君がさ。残念。まぁいいや。じゃあね、もらうよ、不意に突風巻き起こり見る間に子供は竜巻へと変わり!
 お菓子ちょうだい、その首、もらうよ!
 あぁやっぱりこの町には、この夜には、お化けしかいないのです!

 奇妙な人々のパレードが行く。
 夜にしか、現れないもの。現れることが出来ないもの達の。
 疲れきり嘆き切った底で倒れこむ泣きじゃくるこの体の横を行きて行く。
 パレードの先頭に立つ少女。
 ずっと泣いていた、あの時の小さな子。
「誰かと間違えてるの?ふふふ、違いますよ。違いますけど、そうですね、私、怖くて泣いてばかりの時もありました」
 夜が怖くて
 得体の知れない 闇が怖くて
「でも今じゃ、遊べます。怖くないって堂々と、笑って闇夜を遊べます」
 君は灯火を持っているのか
「私の灯火は、この子たち」
 微笑む少女の周りを囲い、おごそかに咲いた幾つもの火花。よく見るとそれは小さな豆幽霊。謳い祝う群、ユーレイヒ守護天使。
「でも、そのことを教えてくれた人は、あちらにいるの」
 あぁ私は灯火を持っていない 持っていないんだ 失くしてしまった だから君のように夜を遊べない この夜を 暗闇のまま逃げ彷徨うだけ 永久に
「あちらにいるわ、広場を目指して。見えなくても走れるわ。救いは待ってる、走れるわ」
 永久に彷徨えと救いなど拒絶され罰を 闇の中を 永劫 永劫の孤独
「あなたを救う、悪魔がいるわ」

 広場の真ん中は、まるで昼間のように明るくて、
 思わず悲しくて泣いてしまいます。やっぱりこんな明るさの中なんてゆけやしない
 明るさの源は、まるで生きているような巨大な家で、
 手足を揺さぶり、荒々しく、天にも轟く咆哮を上げ、踊っています。獣のように原始的な祭、儀式のよう。内部に蓄えられたあれは炎か、金の財宝か、まばゆい光線ほとばしらせてきらきらと、辺りの闇を照らします。太陽みたいに照らします。
 中央に誰かがいました。
 地面に描かれた魔法陣の前に、立っておりました。
 指を上げ、発した、その一声。
「出でよ第一使徒、メフィスト2世!」

「呼ぶの遅せーよ、悪魔くん!」
 驚きました。魔方陣の中から、悪魔が星屑吹き上げて、出てきました。出てきました。黒いシルクハットに黒いマント、ぴかぴか銀のステッキ構えて、魔界の王子さま空に飛び上がりました。狙いを定めた無邪気な鋭さ、狙うはもちろん、そう、今夜だけのとびっきり、みんなが欲しがったあのすてきなお菓子!
 お菓子くれなきゃ いたずらするぞ!
「ジャック・オー・ランタン 捕まえた!」


 首をとられた、首をとられた。哀れ灯を失くしたしなびたカボチャ、とうとう悪魔に首をとられた あぁ
「なんだよ悪魔くん、ゲームじゃなかったのかよ、退治か?やだな」
 こんなお祭、ハロウィンの夜に。
「やだな違うよ、何言ってるんだよ。僕だってもともとこんな大掛かりな事になるとは思っていなかったのにさぁ、みんなが」
 浮かれちゃって、はしゃいじゃって。
 ハロウィンの夜だから。
 首をとられた。もう泣きじゃくるだけしかできないカボチャ。灯を失くして、何にも見えない。暗闇永劫彷徨うだけの
 罰を
 カボチャのジャックは
 鍛冶屋のウィルは
 神様に
「ウィル・オー・ザ・ウィスプ、これをあげるよ。失くしてしまって、困ってたんだろ?だから待ってたんだ。みんなに連れてきてもらったんだ。これをあげようと思って」
 お家のお化けが、巨大な口を開けた時、驚いたままわななくカボチャの、その、目の前に、輝いていたものは。明るく灯っていたものは。
 昔の記憶が、よぎりました。
 わななき震えて、叫びました。最後の力は大いなる歓喜。
 罰を闇を 与えたのは 神様。
 哀れみを灯火を 地獄の業火の 石炭を
 与えたのは 我に与えてくれたのは

「ジャック・オー・ランタン、灯火飛ぶぞ!さぁみんな宴のフィナーレだ、騒げー!」
 魔界の王子は叫ぶと共に、悪戯っぽい笑みを全開にして全力で、ジャックの頭部、お化けのカボチャを天高く放り投げます。
「ウィル・オー・ザ・ウィスプ、さぁ灯れ!地獄の業火の石炭で、暗闇永劫照らし出せ!」
 叫びに呼応して、中央に立つ彼の人は、まばゆく輝く塊ひとつ、いざ高く闇夜へ放り投げます。
 闇の中にうごめくものたちの、湧き起こる大いなる歓声!驚嘆!歓喜の嬌声!
 ぱくりと石炭飲み込んで、幽霊の胴体でしっかりと受け止め抱きしめたジャックの、その頭部、そのランタン、その灯!
 闇夜を照らせ 闇の中でしか 行きて行けないものたちの 行く手を照らせ まばゆい灯火
 あぁそれこそ 太陽よりまぶしい 光よりもまばゆい 何よりも!
 灯火だ!かな切り声で半狂乱で、ジャックは叫ぶ。帰って来た!涙が光の火の粉になって、闇夜一面に踊り舞う。帰って来た!帰って来た!私の灯、私の灯り、永遠の闇路を照らし行かん!
 灯りに照らし出されたカボチャのジャックのその顔はなんと、砂糖でお化粧されていて、ジンジャー、シナモン、バニラに薄荷、その他いろんなおいしいもの!甘くてすっかりうっとりの、そんなもので出来ていて!
 我を忘れてお化けたち、声を揃えた。声を揃えて、皆追った。お菓子ちょうだい そのとびきりの
 今夜に一番上等の 特別なそれ何よりも それが今宵の一等賞だ!
 ジャック・オー・ランタン、夜空を飛行、ギィイイイイ耳障りなお化けの笑い声、歓喜の声を響かせて、闇を滑るように消えてゆく。


 悪魔学者 ヨナルデパズトーリの言う事にゃ、

「鍛冶屋のウィルは飲んだくれで、口だけが巧い卑怯で最悪な男。そのウィルは死んだ時、聖ペテロまで騙し生き返った。その報いで二度目の死の際、奴は天国へも地獄へもゆけない、未来永劫暗闇を、灯も持たず彷徨うが良いと、追い出され、追いやられ、どこへもゆけない。なんにも見えない。
哀れに思った地獄の悪魔、地獄の業火の石炭を、奴に渡した。灯りとして照らせと、奴に与えた。以来ランタン時折見える。現世にかぼそいまぼろしの灯火、闇夜にふらりと闇路の先に。それがウィルのカボチャの灯。以来それを示し合わせて、
ウィル・オー・ザ・ウィスプと 呼ぶのである。」




 灯火を 灯を
 与えてくれたのは、悪魔。
 あぁやっぱりそうだった。闇路の彼方で思います。やっぱりそうだった、悪魔。
 赤と白、キャンディストライプの足元で立ってた。それが証。
 それは悪魔。あの子は悪魔。救世主。